実体 | 走りながら、食べて、聞いて、考えて!

実体

あと、一週間ほどで、人生初めてのウルトラ100kmのマラソンに挑戦する。

4,5年前に、そんなことが想像できたろうか?


最初は1kmを走るのも辛かったのだ。

しかし、それが3km、5km、8km、10kmとどんどん伸びてきた。


一歩一歩足を前に繰り出す動作が、たった60cm程度の前進であっても、その繰り返しが、結果として1km、3km、5km、8km、10kmを刻んでいったのだ。

そして、21km、30km、42kmと、同じことを、ただただ繰り返すことが、ひたすら飽きずに繰り返すことが、できるようになってきた。



日本は、21世紀を迎える前に、「バブル経済」という時期を迎えた。

本当は、一歩、一歩 積み重ねることで、成長していきその成長を実体のあるものとして、誰もが認識して、そして発展してきた経済であったが、この時は、その一歩が、100cmどころか、200cmや1000cmとも、何故か「期待感」で誰もがそう思っていたのだ。

そして、その「期待感」のうえで、誰もが足を繰り出していた。


でも、やっぱり 一歩60cmは、どんなに期待しても一歩60cmに過ぎないのである。

でも、60cmを62cmや70cm程度に伸ばすことはできないことはない。

そういうことに漸く気付いたのである。



自分は、本当に5km程度を走り続けることができなかった。

しかし、同じ動作を繰り返すことが、いつのまにか慣れてしまい、そして21kmどころか、42km程度でもしっかり走り続けることができるようになった。

そして100kmなんていう、とてつもない距離に自分は挑戦しようとしている。



仕事をしていると、自分のサイフの単位とは異なる金銭の単位が頭の中に浸透してくる。

数字を見れば、千円単位が、いつの間にか、百万円の単位。10億円の単位に発展してくる。

1,000 という数字が、1,000円ではなく、1百万円や10億円という意味に捉えてしまうようになってしまうのだ。

そういう数字と戦っているうちに、どんどんその数字の持つ意味や価値が麻痺してくるのだ。



そして、自分は、一歩60cm程度のRUNを繰り返すようになった。

さらに、その繰り返しが、どんどん積み重なっても、何度も同じことを繰り返しても苦にならないようになったのだ。


一歩60cmという実体を、積み重ねることで、結局何10kmも、100kmも達成できることを、やっと理解できた。


ただただ、足を前に出して、一歩一歩前進することが、実体のある行為であることをようやく理解できた。

その足と体力があれば、どんな距離であってもたどり着くことができるという自信ができたのだ。

一歩、60cmは、やっぱり60cmなのだ。100cmにも200cmにも1000cmにはなりえないのだ。

その距離に辿りつくには、一歩60cmを繰り返すしかないのだ。



いわゆる、「実体」を 自分のからだでしっかり体感するようになったこと。これがマラソンの成果だ。

真髄だ。

最近、ふと、そんなことを考えるようになった。


「実体」を「実感」すること・・・マラソンというのは、バブルはありえない。

一歩、一歩、繰り返すだけ。


来週の日曜日、とうとう100kmという信じられない距離を走破しなくてはならない。

でも、一歩、一歩の実体を、ちゃんと体感した自分にとって、その距離を走破できる自信は、

ある。


実体は、自信である。

自信は、結果をもたらす。

そして、結果が実体なのである。