あらためて・・・走り始めた、市民ランナーたちにお願いする!
今日、夜RUNをしたのだが・・・。
最後の約2kmほどで、数名のランナー(というか、ジョガー?)と、遭遇した。
道路の反対側を走っていたので、会うことはないだろうとは思っていたのだが、信号待ちで、こちらのサイドにまわってきた。
「ちぇっ、やっかいだなあ」
と思ったのだが、どうみても、ジョギングし始めの面々のようで、やたら、からだを揺さぶって一所懸命走るヤツ。
声を張り上げ、「よおし、あと500」とか騒いでいるヤツ など、なんだか、イヤな気配を感じたものの、こちらは、すでに何度もこのコースを往復した経験者。そんなもんに巻き込まれたくはない。
そう思いつつ、信号が変わって、いつものように走りだした。
しかし、
「なんちゃって市民ランナー」っていうのは、こういうときに、競いたいのかもしれない。
自分は、普通どおり(いや、もしかするとちょっと早かったかも?)に走っていたつもりだが、そこを、足音を立てて抜いていったヤツがいた。
そのうえ、信号が赤でも走り抜けていく。
最近は、東京の皇居でも、集団で大手を振って走っている面々がいるらしい。
ランステや銭湯でも、まわりの迷惑を顧みず行動するやからもいるらしい。
大阪城公園でも、いや、大阪城公園内であれば、いいと自分は思うのだが、数人で固まって走りぬけ、ある意味とても威嚇的に感じる集団に見える場合もある。
「走る」っていう単純なことは、確かに、健康的で走る続けることも凄い忍耐力で、いいことだと思います。
自分もそう思ってスタートしましたから・・・
しかし、なんだか、最近は、そういう市民ランナーってことが、ブランド化されつつありませんか?
いやいや、そういう言い方をするとまだ、イメージはよいのですが、「走っている自分たちって、いいでしょ?」って言い過ぎてませんか?
所詮、長くゆっくり走っているだけですよ!
東京マラソンだって、ホノルルだって、たかが42kmですよ。
たかが、それだけなんですよ。
それを、なんだかあまりにも、凄い偉業を達成したかのように振舞いすぎてませんか?
いやいや、だいたい、東京マラソンなんてもんを話題にしすぎて、ファッション化しすぎてませんか?
信号も守らず走っているランナーを認めちゃってもいいんですか?
ツバを吐き散らすランナーを認めちゃってもいいんですか?
給水場で、大げさに水をとって紙コップを撒き散らすランナーってかっこいいですか?
狭い道を、数人で占領して走っていて、迷惑だと感じませんか?
走り終わったあとに、身だしなみは大切だとは思いますが、髪の毛も撒き散らし、化粧ぷんぷんで立ち去るのが健康的といえますか?
「東京マラソン」は、マラソンというものを、一般市民にまで開放した素晴らしいイベントだったと思いますが、一気にファッション化してしまったために、大切なことを置き去りにしてしまったように思います。
今いちど、「一般道路を走らせていただいている気持ち」を大切にして、走ってもたいたい。
言っちゃなんですが、たかが42km。されど・・・いや、やっぱり「たかが、42km」という気持ちを忘れずに、走ってもらいたいと思います。
「なんちゃって市民ランナー急増」
自分は、よくこの「なんちゃって」という言葉をい使いますが、この言葉の意味には、「本当に真髄を貫いていない」ということを意味しています。
JogNoteでリンクしている方で、驚くべき方がいらっしゃいます。
「誰が一位で、順位は何番で・・・そんなものに拘りたくない。今年の大きな目標は、何かと聞かれると・・・すなわち、スパルタスロン。このレースに完走すればそれでよいと考えている。
フルでサブ3は、ランナーにとって大きな目標かもしれません。しかし、その記録は真剣に練習すれば誰でも達成できるものなのです。トレーニングや食事など細々としたメニューをこなして初めて達成できると信じている。
あなたは本当に自分の限界まで追い込んでますか?
explore the edge!!」(By アロハさん)
こういうメッセージを送っています。
スパルタスロンっていうのも凄いものです。
でも、初めて走り始めた人にとっての42.195kmも、走りなれたスパルタスロンも同じような意味をもつものだと思います。
ただ、ただ、真摯に。
そして、走ることのできる喜びや感謝をこめて、走れることをどうか、「えらい!」なんてことを思って走らないでください。
どうか・・・、マナーもルールも守って、迷惑をかけずに走ってください。
いつか モラルの低い「なんちゃって市民ランナー」がいなくなりますように![]()
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