残念であること・・・。
社会人になっても、色んな人間はいるもので、「一般的に」考えられる常識をはるかに超えた行動をとってしまうのである。
自分の職場でも、いろんな経験を積んできた人物がいて、そういう いろんな人たちに最大の効果を上げてもらうべく、マネジャーや教育をする役割の人間がいる。
そういう教育の過程で、見事に活躍する人間もいれば、なかなか活躍できないものもいるし、また、相当数のものは成果をあげられずに去っていく。
教育とか、指導とか、また、いろんなことを広め、仲間を増やしていく。
「これはいい!」というものを、多くの人に知らしめ、体験してもらって、同じ感動を感じてもらう・・・。
そういうことはとても素晴らしいことなのだが・・・
そういうものを広めていく という作業は、「愛情」を持たないとできないものなのだ。
そして、そういうことができる人物というのは、たいていサービス精神が旺盛で、包容力があり、さらに思いやりのある情熱家なのである。
JAZZ
JAZZというのは、けっこう難しいと思われている。JAZZ ファンにはたいてい偏屈なものも多く、モードだの、クールだの、ビバップなど、マイルスだの、コルトレーンだの、ビルエバンスのピアノはリリカルだの・・・なんだか、すぐには理解できないような というより、わかってもらう、わかってもらいたいという意識で話をするのではなく、自分の知識をひけらかしたり、わかってくれなくてけっこう と思って話をしたり、はたまた、そういうことを理解できないヤツが悪いとか・・・そういう面が、JAZZは「眉間にしわを寄せて」というイメージがつきまとうものになってしまったのである。
いや、自分も最初はそう思っていた。
しかし、JAZZほど自由な音楽はなく、わかりやすいものもないのだ。
そういうことがわかるようになるには、確かに、「SWING JANAL」なんてものを毎月購入して勉強するのも手だが、友人にいろいろ教えてくれる人がいて、その人が本当にJAZZが好きであれば、適切なアルバムやアーティストを紹介してくれ、そして広まっていくものなのである。そしてJAZZは人気を集めるのではないかと思う。
しかし、JAZZはなかなかそうはならなかったのかもしれない。
ところが、晩年のマイルスディビスは、大ヒットしたPOPSのシンディローパーの「タイムアフタータイム」やマイケルジャクソンの「ヒューマンネイチャー」などを、美しく吹いて、JAZZを再認識させてくれた。
これが、マイルスが今でもJAZZの帝王と呼ばれ、尊敬されるところであると私は思う。
マラソンをはじめたのは、ふとしたきっかけだが、その楽しさを認識してから、この楽しさを広めたいとも思った。
そして、同じ気持ちで走る仲間と、いっしょに走ったり、また、まだマラソンの楽しさがわからない人に暑く語ったり、いっしょに走ることで、楽しさを共有してきたのだ。
大阪に来てから、最近、職場の仲間がマラソンの楽しさを少しづつわかってくれて、だんだんチャレンジングになっていく姿を見ているのはとても楽しい。
その仲間が、最初のころ、長く走ることがなかなかできなくても、暖かく見守ってきたし、いろいろ教えることが楽しかった。
きっと、そういうことがこのマラソンブームにつながっているのかもしれないと思う。
ところが、今回は、ちょっと「がっかりだよ!」 ということが起きてしまった。
初心者や未経験者を相手にするのが、「めんどう」 ということ。
まずは、「自分で勉強してからにしろ!」ということ。
こういうことでは、いろんな楽しいことも、同じ仲間も広がっていかないのではないかな と私は思う。
自分は今150人くらいの職場のスタッフがいるが、いろんなスタッフを1人でも脱落させたくないと いつも思っている。
自分から諦めてしまうものは致し方ないが、しかし、なんとかしたいと思っている人には、全面的に愛情を持って、突き放したりはしたくない。
先日、けっこうハードなクレイムがあった。
それは、自分のスタッフが曖昧な説明をしたために、お客様に誤解を与え、そして大きな問題に発展してしまったのだ。
そういうトラブルも、責任者である自分が、深く頭を下げて対処しないといけない。
その時に、そのミスをしたスタッフをせめても仕方ない。二度と同じあやまちを起こさぬ様、確実に指導していくしかない。
そしてそのスタッフにも愛情をもって、そして迷惑をかけたお客様に対しても心からお詫びすれば、わかってくれるものである。
人間関係は結局、「ことば」などのコミュニケーションがとても大切だ。
自分が、面倒という言葉を吐いてしまったら、それでおしまいなのではないだろうか。
残念であること・・・
今日は、とても残念な一日の終わりとなった。
雷が鳴っている。
雨が激しくなってきた・・・・。