マナーとマーケティング
「マナーとマーケティング」
このふたつのことがなぜ一緒に語られるか?
実は、私自身は今までの仕事のなかで、ことマーケティングということには学んできたつもりだ。
しかしながら、私自身が考えるマーケティングはあくまでも「実践」であった。
よく世に言う、「マーケティング概論」とか、「○×△マーケティング」なんていう本は(買ってはみたけれど)呼んでも役にたたず、さらに、実践の経験のない自称マーケターについては、一切、信用しなかった。
なぜなら、「マーケティング」は経験から積み上げたことを結果として理論づけしたものでしかなく、どんなにリサーチを数おおくやって、時間を費やして実践してみても、理論どおりにいかないのである。
いや、反対に、そういう理屈で成功していれば、すべての企業が大成功を収めているわけで、そうはならないから、少しでも確率の高い計画をマーケティング活動を通して作り上げているに過ぎない。
おっと、ずいぶん、話がそれたが、そのマーケティングについて、非常に大切なのは(というより、これが無ければ成り立たないという基本的な素質・素養としか言いようが無い)、「配慮」「気配り」「思いやり」などという部分である。
マーケティングは、結局「できるだけ簡単に売れる販売のしくみ」を作り上げることなのだが(たいてい、まだ社会経済経験のない新人が、いきなり『マーケティングとは?』なんてやっているから、絶対に理解できないのだが、ある程度経験を積んだものだと、上記の言い方でたいてい理解できるはずである)、そのためには、商品を購入するものの立場を理解しないとだめだし、そのためには、そういう人たちについて、気になってしかたないというようにならないといけないのである。
つまり、結局は 配慮が無いもの、気配りができないもの、思いやりがないもの これらは購入者となる人たちの気持ちを理解できるかどうかということに尽きるといっても過言ではない。
ここが、マーケティングがマナーにつながるゆえんである。
つまり、マーケティングを実践するものは、気配りや配慮(=マナー)ができないのは失格であると、私は断じている。
最近、大学を卒業してすぐ「マーケティング」とかという仕事をしたいというようなものは、そういう経験もしていないのだから、結局たいした仕事はできない。(これ、現実的な話である)
さて、最近は日本も欧米型の販売活動にシフトし、よく「マーケティング」ということばが目につくようになったにもかかわらず、「マナー」はますます悪くなるばかりである。
電車の中で、平気で携帯電話をかけて話をするやつはいまだになくならない。
歩きタバコもなくならない。
電車のホームからツバをはいたり、マラソンでコップを平気で放り投げる。
混んでいる電車で、音がシャカシャカ漏れる音楽を聴きながら、携帯電話をいじり、脚を組んで平気でいる迷惑な若者と、マナーの悪いマラソンランナーは違うといえるのだろうか?
ここ2,3日、マラソンをこよなく愛する方々のこれらのブログで、マナーについて論じられている。
自分自身、長い社会人生活で得たものは「マーケティング」という非常に生産的で創造的で、楽しいことを学んで身に着けられた。そういう自分として、マナーもしっかり守って、生活していきたいとつくづく感じている。
(今回、ちょっと、まじめな論調で書いてみました。仕事上でもこのマーケティングについてはよく論じられているのですが、実際に、論じているほうのマナーの悪いことといったら・・・せめて、自分は、そのようにならぬよう、マナーを守って生活していきたいと思ったしだいです。その意味で、マラソン大会にでるたびに、いい大人たちや自分の行動を振り返ってみれたことは非常に良い経験だと思っています。)・・・ちと、一方的な意見ではあるが・・・![]()