寂しさ
ダイエーの創業者 中内さんが昨日83歳でこの世を去った。
ニュースとなって、いろいろなメディアで取り上げられたが、どれも、ダイエー創業期の功績と、バブル訪韓後の経営者としての評価を、良くも悪くも論じられていた。
今時点で、きっと正確には論じられないのだと思うのだが、後々には、中内さんという人物は、どう評価されるのだろうか?
歴史に” if ”は、無いのだろうが、もし、中内さんがいなかったら、今のような世の中になっていただろうか?たぶん、今のような便利な世の中にはなっていたろうが、しかし、スピードはどうだったろうか?
中内さんは、第二次世界大戦のさなか、十分にごはんが食べれない事がどれだけつらいことかを身に染みて感じ取り、すきやきを食べる夢を見ながら耐えたという。
そして、戦後、すこしでも豊かな生活を多くの人に提供できるよう、「いいものを、どんどん安く」をキャッチフレーズに事業を拡大した。
今でこそ、店舗の売れ行きや、消費者の意向がメーカーを刺激して、よいものをそれなりの価格で販売できるようになっているわけだが、ダイエーが登場するまでは、メーカーはあくまでも供給者のように、作って価格を決め、買わせている状態だったといっても過言ではないと思う。
しかし、価格が、製造元の「原価の積み上げ+利益」から、この商品は「私にとってこの値段で買いたい」というものに変わったのは、ダイエーのような大量に仕入れ、大量に多くのお客様に販売できる店ができてからだと思う。
そういった功績はやはりたたえられるべきと思う。
しかし、いつの世も、時代は変わる。「いいものを、どんどん安く」ではなく、「ほしいものは、どうしてもほしい」という時代になり、ダイエーのような店の存在感は薄れだした。
時代は変わる。そして、中内さんも亡くなり、ひとつの時代が終わったような気がして、ふと寂しく感じた。
松下幸之助さんとは宿敵の関係だったようだが、同様に偉大な、エネルギッシュな人物であったことは間違いないと思う。