実はこのモデルを「エスクワイヤー」と呼ぶのは間違いですが、ブロードキャスター、テレキャスター等の名称決定以前のモデルなので、開発期にレオたちが何と呼んでいたか分かりません。
とにかく気付けば連載スタートはちょうど1年前
すっかりサボってしまった2ndプロトの完成です。
長期に渡ったので、最近になって当ブログを訪問してくださった方のために過去記事の日付をお知らせしておきます。
①が1年前の3月19日、②が同3月25日です
③が4月4日 (※見落とし追加・この記事の通し番号も④に変更 3/23)
2019年に製作した1号機の記事(2019年3月28日~)以降、新たな文献資料も発掘しました。一番大きな発見は、この2ndプロトのネックが通常のトラスロッド入りネックであったことでしょうか
【モノクロでスカンクストライプの色も薄いですが・・・】
実際に発売開始された市販のエスクワイヤーの初期ロットが、1stプロトのスネークヘッドと同様のノートラスロッド仕様であったことと、最初に見た正面からの写真ではヘッドにブラウンエッグらしきものが見られないことから、この2ndプロトもノートラスロッド仕様であったと私は判断していました(2019年3月28日と3月30日、4月1日、4月3日の記事参照)。ところが新しい文献の写真ではスカンクストライプが確認できます。
もっとも、2019年に参考にした写真では、ジョイントプレート付近の写真にスカンクストライプが見えていましたが、それを「他の個体」の画像が紛れ込んだものと判断していました。記事にあるように写真がジョイントプレートなのに、それに付随する説明文が片側6列のペグ配置になったヘッドデザインに関するものだったので、書籍の編集自体にミスを疑ったためでもあります。お詫びとともに訂正させていただきます
どのみち「ノートラスロッド仕様」のネックなど、自分で作る以外に入手の方法はないので普通のロッド入りネックで作るしかないわけですが・・・
さて、今回の新資料の写真では、これまた市販された最初のエスクワイヤーには装備されなかった「ストリングガイド」が写っています。
それも前回参考にした写真の羽根型ではなく丸ボタン型です。後に実際に装備された丸ボタン型よりひとまわり大きい物です。羽根型は1956年以降の物なので後で交換された物であることは明白ですが、この丸型がいつ装備されたのかは資料に言及がありません。私の考察を以下に述べます。
1プロトであるスネークヘッドは3:3ペグ配置なのでナットとストリングポストの距離が近く、弦に角度がつくのでストリングガイドの必要性はなかったのでしょうが、2ndプロトでは片側6連となったことで1・2弦のストリングポストはナットから遠ざかり、角度が浅くなってテンション不足が表面化したと思われます。・・・にもかかわらず、エスクワイヤーの市販が開始されたとき、このストリングガイドが装備されていなかった事実を考えると、この大きな丸ボタン型ストリングガイドは、FENDERが装備を決定する以前に、レオの依頼を受けてこのプロトタイプを実践使用していたミュージシャンのジミーが、とりあえず自分でありあわせの部品を取り付け、それを参考にレオが正式採用したものと思われます。
私はこれまで、記事にしていない物も含めてテレのカスタム品を無数に製作していますが、特にスネークヘッドやこの2ndプロトの製作を通しては、世界最初の量産エレクトリックギターであるこのモデルの産みの苦しみを感じ取ることができました
1ピックアップでいくのか、2ピックアップでいくのか? ロッドを入れるのか、無しでいくのか? 材はパインでいくのか、アッシュにするのか? その名称は当初は2PUバージョンすらエスクワイヤーと呼ばれていましたが、区別するために2PUバージョンには「ブロードキャスター」の名前が与えられ、パテントでクレームがつけられると「テレキャスター」に変更、その隙間モデルは勝手に「ノーキャスター」などと呼ばれることになりました
ピックアップの数については、レオは当初1PUしか頭になかったのではないかと想像します。GIBSON社の量産エレクトリック第1号であるレスポールモデルは、先に市販されているフルアコのデザインを土台としているので2PUは当然としても、テレの場合、FENDER社の既製品である「ラップスティール」を土台としているので、その本体の一番端っこに装備され、トレブリーで金属的な響きを特徴とするFENDER社の看板楽器を踏襲する物として開発されたのではないでしょか?
そうであるからこそ、1stプロト、2ndプロト、ともに1PUで製作されているのでしょう
結局1PUバージョンと2PUバージョンが並存することになった背景には、開発中のプロトタイプを先行使用していたミュージシャンの意見やセールスサイドからの意見が反映された結果かもしれません。ストラトとは違い、リアPUとフロントPUのデザインが(搭載方法も含めて)全く異なる点からも、後から追加したような印象を受けます
ちなみに、2PUバージョンは、1PUを兼ねるのではないかと言う人も多いでしょう。今でも1PUは必要なのかと・・・そう思う人は1PUエスクワイヤーを弾いてみてください。そのプリセットトーン独特のサウンドは無論、コンデンサーを通さないリアPUの生の音でさえ、テレのリアPUの音とは違うことに気づくはずです。その理由は、弦がフロントPUの磁力の影響を受けないことが原因だとも言われていますが、自分は正直磁力のせいなのかどうか分かりません
材については、初期の製品にパイン材の物が混じっていることはよく知られています。この2ndプロトもその木目からパイン材であるようです。パイン材はすでにFENDER社のアンプキャビネットの材として採用されており、音響特性に優れていることは無論、安価で大量確保の目処も立つことから採用が検討されたのだと思いますが、レオはアッシュの持つサウンドに惚れ込んでいたと言われています。レオが40年代に思い描いていたのは、1PUにしろアッシュにしろ、とにかく既存の楽器にはない存在感のある強烈なサウンドだったのではないでしょうか? 彼は「今までにない新しいもの」を作りたかったはずです
結果レオの主張が通り、初期のテレやストラトにはアッシュが採用されます。間もなく加工性や採算性、重量の点からアルダーに変更されてからも、レオはアッシュのサウンドの方が優れていると考えていたようです。
またレオは、自身のアイデアから採用することにした「メイプルワンピースネック」に対して、その強度に絶対の自信を持っており、何の本だったか、2つの台の間にメイプルワンピースネックを渡し、ネックの中央に片足で乗って全体重をかけている写真があります。これにより、レオがロッド不要論を主張したことも知られていますが、最終的には側近の意見を入れて、すでに市販が開始されていたにもかかわらず、ロッド入り(ストリングガイド付き)ネックに変更されることになりました。
こうしたテレキャスター開発期の多様な仕様違いの存在や、市販開始後にも続く改良の混乱した状況を顧みるとき、頑固なエンジニアであったレオと、それを取り巻くジョージ・フーラトンら側近、セールスサイドとの「ああだこうだ」と激しいやりとりが想像されて、テレ誕生の過程がよりドラマチックに感じられます
電動ドライバーも使えないので整備性を著しく損ねますが、マニア向けに大半のネジ類はマイナスにしてあります。塗装はかなり薄く済ませているので、フロントピックアップキャビティーとコントロールキャビティーの埋め跡は、光が反射する角度で見ないと分からない程度ではありますが、若干見えます。
ペグはスネークヘッド同様、白いプラスチックつまみのクルーソンタイプ(GOTOH製)を採用、ジャック受けも最初期のテレのみに採用された打ち込みタイプを装備していますが、横ネジを追加して脱落を防止する措置を取っています。