次のような文章を書きました。

生活習慣病における食物依存

生活習慣病の患者さんの生活習慣は、なかなか改善されません。食塩、砂糖、悪い油などの取りすぎは、なかなか改善されません。

それらの食品に対する依存があるからではないでしょうか。慢性アルコール中毒の患者さんに酒をやめるように助言しても、それだけですぐに改善することはほとんどありません。タバコを吸っている患者さんに禁煙をお勧めしても、禁煙は容易なことではありません。生活習慣病の対策には、薬物依存症としての対策が必要です。

お酒を飲む人の中には、依存症の人もいますが、依存症でない人もいます。依存症の人には、次のような特徴があります。依存症の人は、量のコントロールが困難です。毎日決まった量(例えば1合)のお酒にとどめることができません。また依存による弊害が出ています。例えば肝機能障害が出たり、二日酔いになって仕事に影響したりします。その他、退薬症状(禁断症状)があったり、耐性ができて飲む量が増えたりします。

高血圧の患者さんでは、1日塩分量を6グラム以下にコントロールできている人は、ある調査によれば3%ほどです。ほとんどの人は1日塩分量のコントロールができていません。また、高血圧は、脳卒中や心疾患のリスク要因となっているなど、弊害が起きています。依存症としての特徴をいくつか持っています。

食物依存症があるかどうかについて、エール大は質問紙を作成しています。改定簡略版は、13の質問文からなります。

動物実験において、食物依存症を作成することができます。ネズミに、砂糖と脂肪を多く含む食べ物(例えばチーズケーキ)を与えると、ネズミは本来の餌を食べなくなり、チーズケーキだけを多く食べるようになります。そして高度に肥満します。チーズケーキを取り除くと、元の餌を食べずに飢える方を選択します。

食物依存症になった実験動物の脳には、麻薬依存症の場合と同じ変化が起きます。脳の側坐核にドパミンの増加が起きます。

食物依存症の治療

依存症の克服は、非常に困難ですが不可能ではありません。依存症対策には、ゆっくり減らす方法、きっぱりやめる方法、他のものに置き換える方法などがあります。依存行動が改善されるには、心理的な準備が必要です。依存症を克服する気持ちになっていない人に、克服後の細部のアドバイスをしても効果はありません。まず最初に、動機付けが必要です。

正しい食事法を行う目的は、一言で言うなら、合併症を減らすためです。服薬しても、合併症はあまり減少しませんが、生活習慣を改善させると、合併症は大きく減少します。薬を飲んで数字だけ良くしても、食事を変えなければ、動脈硬化自体はどんどん進むかもしれません。

依存症は「治療」であるという仮説があります。過酷な現実に耐えるために、薬物依存は精神を安定させる役割を果たしているという仮説です。ストレスがあるのならストレス対策を行う必要があります。

過酷な現実に対して、強いストレスを感じる人は、お酒を飲むことによって安らぎを得ようとするかもしれません。しかしそれは、現実に対して、積極的に対策を立てているわけではありません。勉強して技術を身に付けて人々の役に立とうとしているのではなく、単に酔っ払っているだけです。努力すべき時に努力しないのであれば、現実はますます過酷になります。

砂糖を含む食品を食べると甘くて好ましい感じがします。強いストレスを感じている人は、そうした食品を食べて満足感を求めるかもしれません。しかし長期的には不安が増してストレスが増加します。

ストレス対策としては、交渉できるのであれば交渉して現実を改善させること、体を動かすこと、身内や友人などの親しい人と楽しい時間を過ごすこと、趣味などを楽しむこと、睡眠を十分にとることなどが挙げられます。

不足する栄養の欠乏症対策として依存が起きることも考えられます。石器時代の長い間欠乏していた食塩や脂肪に対する渇望により、依存が起きやすくなります。またタンパク質が不足する人が、調味料のアミノ酸の味付けがある加工食品をいくら食べても、タンパク質を食べたことにならない状況もあり得ます。「やめられない、とまらない」という状況です。味付けをせずに、自分の味覚と脳の働きを活用することがお勧めです。加工食品でなく、自然食品がお勧めです。正しい食事法を理解して実践する必要があります。

モニタリングは重要です。高血圧の患者さんなら、1日塩分量を時々計ることが考えられます。また、糖尿病の患者さんなら、時々HbA1cを測定することが考えられます。また高脂血症の患者さんであれば、LDLコレステロールや中性脂肪の値を計ることが考えられます。定期的にモニタリングを行いば、患者さんが生活改善をする際の励みになることが期待できます。

本能を、理性の下に置くことが可能です。それには、正しい知識を持つことが必要です。依存症の克服についての方法論を知ることが必要です。ゆっくり減らす場合に、何とか現状で持ちこたえて、次の減量に備えて下さい。禁煙が達成されるまでには、何度も禁煙にチャレンジする必要があります。再発しても、またチャレンジして下さい。食べるべきものを食べずに無理に痩せてもリバウンドが来るので、無理に体重を減らすよりも、食事の内容を改善することがお勧めです。また、目の前に食べ物が置いてあると、それが解発刺激になって、つい食べてしまいます。食べ物をしまっておいて、そうした刺激が目に入らないようにすべきです。

生活の仕方、食事の内容、日光照射、運動などにおいて、旧石器時代のやり方を参考にすべきです。当時は、平等であり精神的にも健康でした。

高度に肥満して動けない人の近くには、食物の過剰摂取を助ける人がいます。イネーブラー(enabler、en-able-er)です。「依存を可能にする人」という意味です。近くにいる人は、健康的な食事だけを運ぶべきです。本人の依存に協力しないことが重要です。

自分の意思の力を使わない方法があります。容易に全員が克服できる方法です。依存薬物を減らすには、必ずしも意識的である必要はありません。私は、入居者の睡眠薬を少しずつゆっくり減らして半年ほどかけて中止しました。今は、特別な病気のある人にだけ睡眠薬を処方しています。また、1日の食塩量は、10グラムから7グラムへ減らされました。白米は、七分づき米に変更されています。私が勤務する老人施設では、入居者の飲酒や喫煙はできません。

イギリス政府は、食品業界と協力して、加工食品に含まれる塩分量を10%減らしました。時間を置いてこれを繰り返して、塩分量を計30%減らして、心筋梗塞を40%減らしました。減塩すると2、3ヶ月ほどでその味に慣れます。イギリス政府はまた、食塩含有量の多い食品に赤色のマークを表示することを義務づけています。消費者は、それを見るたびに注意が喚起されます。さらにイギリス政府は、砂糖を含む飲料に課税を行っています。
人生100年の時代になりました。しかし寿命が延びても、大きな病気をいくつも抱えるお年寄りが増えるのであれば、医療費はますます増加します。人々を病気から予防することが重要です。慢性疾患は、近年、後進国で急速に増加しています。食塩、砂糖、悪い脂肪の取りすぎが原因です。イギリス政府のように国家レベルで対策を行うのが、有効です。

薬物治療もあります。例えば、糖尿病がある人で砂糖摂取の害が深刻であるのなら、αグルコシダーゼ阻害薬という薬を使うことが考えられます。この薬は、砂糖(ショ糖)のような二糖類を分解しにくくします。単糖類に分解されなければ吸収されません。しかし清涼飲料によく含まれる果糖・ブドウ糖・液糖は、多くの部分が既に単糖類になっており、効果はあまりありません。

患者会も有効です。AA(アルコール匿名者の会)は、最初2人から始まりました。断酒会には「節酒はできないが断酒はできる」という標語があります、禁煙マラソンなど、効果が認められています。米国には食物依存症の患者会があります。

私と依存症

私はある時30kg太りました。その後15kgの減量を2回行って元の体重に戻りました。1回目の時には、それまで食べていた食事を半分に減らしました。3000キロカロリーほど食べていたのを1500キロカロリーに減らした計算になります。2回目の時には2200キロカロリーほど食べていたのを2050キロカロリーに減らしました。2回ともかなりの苦痛がありました。減量中はずっと食事の事ばかり考えていました。日中で1番楽しい時は、昼ご飯が始まる時でした。日中で1番悲しい時は、昼ご飯の時間が終わる時でした。

毎日飲んでいたお酒を週一回土曜日の夜だけに減らしたことがあります。これもかなりの苦痛でした。毎日、ただひたすら時間が経つのを待っていました。「まだ6日もある」などと、1日中考えました。しかし、何ヶ月か経つうちに、あまり気にならなくなり、何年か経つうちに、週に1回の飲酒が当然のように思えてきました。そして、週1回からさらに減らして、月に1、2回にし、さらに年に2、3回に減らし、それでもまくいかないので、ついに0にしました。もう10年以上全く飲んでいません。

タバコを吸っていると記憶力が悪くなってうまくいかないことが多いので、ある時に「もう嫌だ」と思ってやめました。また、砂糖は虫歯の害があるので、決心してやめました。砂糖は決心だけで止めることができました。悪い脂肪を良い脂肪に置き換えるのは容易でした。魚を多く摂取しナッツを摂取しています。私は以前より、肉を食べる時には、脂身(動物性脂肪)の部分を捨てています。眠剤も飲んだことはありません。私は、医者の国家試験を受験したときには、1日めの前の晩は1時間しか眠れませんでしたが、それでも1時間は熟睡できました。2日目の前の晩は、10時間ぐらいぐっすり眠ることができました。

文献(既出)

(1)「食物依存の診断と治療 Food Addiction-Diagnosis and Treatment」(Dimitrijeviu、Psychiatria Danubina,  2015; Vol. 27, No. 1, pp 101-106)
http://www.psychiatria-danubina.com/UserDocsImages/pdf/dnb_vol27_no1/dnb_vol27_no1_101.pdf
「肥満治療の一環として、食物依存があるかどうかのテストを必ず行うべきだ」

(2)「食物依存 Food Addiction」(American Addiction Centers、Psychguides、2018年)
https://www.psychguides.com/guides/food-addiction/
「肥満の原因が依存である場合には、患者個人の責任にしたり、患者個人の意思の力に頼ったりする従来のやり方では、充分ではないであろう」

(3)「依存症はどのようにして脳を乗っ取るか How addiction hijacks the brain」(ハーバード大学)
https://www.health.harvard.edu/newsletter_article/how-addiction-hijacks-the-brain
「すべての依存性薬物は、ニコチンからヘロインまで、側坐核にドパミンの強力な増加を引き起こす」

(4)「食物依存 Food addiction」(Wikipedia英語版)
https://en.wikipedia.org/wiki/Food_addiction
「ラットに、通常の健康食と共に脂肪と砂糖の双方が多いチーズケーキを与えたところ、最初は少しかじるだけであったが、ひとたびそれに慣れると、ラットはひっきりなしに食べて非常に肥満した。砂糖だけ多く含むエサや、脂肪だけを多く含むエサでは、ラットは肥満しなかった。チーズケーキがひっこめられると、それに依存していたラットは、健康的なエサには興味を示さずに、飢える方を選択した」

(5)「依存症 Addiction」(ハーバード大学)
https://www.health.harvard.edu/topics/addiction
「たいていの依存は、人に心理的、社会的、生理的な報酬を与える。これらの報酬は、しばしば人を支配するので、依存物質や依存行動は、維持するコストが高くついても、人を引き付け続ける。依存を克服するための鍵となることは、その依存が持つ価値に気が付くことである。ひとたび、自分の依存の価値に気が付けば、その価値を持つ代替を探せばよいのである」

(6)「アルコール依存症の心理とその支援」(澤山、2015)(こころの科学、182:7、「依存と嗜癖」)
プロチャスカの多理論統合モデルtrans theoretical model
(薬物依存における行動の変化)
   前熟慮期、熟慮期、準備期、実行期、維持期
躊躇している患者‥‥傾聴し共感する
反抗している患者‥‥多くの選択肢を提供する
あきらめている患者‥‥希望を育てる

(7)「薬物依存に対する治療的アプローチ Treatment Approaches for Drug Addiction」(米国国立薬物乱用研究所 National Institute on Drug Abuse)
https://www.drugabuse.gov/publications/drugfacts/treatment-approaches-drug-addiction
6.カウンセリングや行動療法は、最もよく行われる治療の内容である。
11.治療が効果的であるためには、意識的なものである必要はない。
12.治療中の薬物使用について、継続的にモニターする必要がある。