次のような文章を書きました。
先進国では、がんによる死亡は、死亡全体の30%くらいに達します。非常に多くの方が、がんによって亡くなります。
今、あるがんでは、がん遺伝子5個のスイッチが入るとがんになるとします。そして、ある人にできた原発巣の全ての細胞を詳しく調べたとします。すると、がんの遺伝子変異が0個の細胞と、1個、2個、3個、4個、5個の細胞(すなわちがん細胞)が混在して見つかるはずです。そして、それらの細胞の遺伝子変異について、一つの系統樹が書けるはずです。遺伝子の変異は、0個から順に増えていったのであるから、その履歴をたどるように、系統樹が書けるはずです。実際に、そのような系統樹の例が明らかにされています。
いろいろな段階の遺伝子変異の細胞が混在する状態では、それらの細胞群は、与えられた環境の中で、酸素や栄養分を奪い合います。つまり生存競争を行います。
細胞分裂しない細胞と、無限に分裂を繰り返す細胞があった場合、細胞分裂しない細胞は、その細胞の寿命が来れば死滅して淘汰されますが、無限に増殖する細胞では数を増やします。また、アポトーシス(プログラムされた細胞死)をする細胞としない細胞では、細胞の変異が蓄積した場合には、アポトーシスをする細胞は死滅して淘汰され、しない細胞が残ります。また、DNAの損傷を修復できる細胞では、遺伝子の変異は蓄積しにくいですが、DNA損傷を修復できない細胞は、急速に遺伝子変異を蓄積させます。
ヒトの一生という短い時間の中で、そうして生存競争を生き残った細胞は、がん細胞へ「進化」して行きます(Perlman)。発がん物質などにより、DNAの変異(損傷)は、偶然に起きますが、こうした淘汰により次第に「進化」が進んで、無限に増殖し転移するなどの悪性腫瘍としての形質を必然的に獲得して行きます。
映画「七人の侍」では、野武士に襲撃されそうになった際に、村人は「じい様」にアドバイスを求めました。じい様は「侍を雇え」と助言しました。村人は、七人の侍を雇って、村を守りました。このように、知恵を蓄積した老人が生きながらえることは、老人自身や、老人の子や孫の包括適応度を上昇させます。お年寄りが進化から見放されているわけではありません。おばあさん仮説でも同じです。
がんは石器時代やそれ以前にもあったので、対策となる仕組みがあっても不思議ではありません。例えば「老化」です。がんになりやすさは、コントロールされており。老化のスピードもコントロールされています。遺伝子変異が蓄積する老年期には、体を老化させて、細胞分裂のスピードを遅くして、がんになっても死亡の原因にはなりにくいようなコントロールを行っていると考えられます(近藤)。
若い人は暑がりで、お年寄りは寒がりです。私が勤務する老人施設では、若い職員は半袖の薄い上着を着ていますが、入居のお年寄りは長袖の上着を着てさらにもう1枚着てさらに膝に毛布を掛けておられる場合があります。お年寄りでは、代謝のスピードを遅くして、がんの進展を遅くしています。
しかしそれは、発がん物質が少なかった石器時代に最適となるような発がんと老化のコントロールです。現代社会には、石器時代には無かったような発がん物質がたくさんあります。タバコ、アルコール、アスベスト(石綿)、診断用放射線などです。石器時代と共通してあるのは、腐敗した食べ物、コゲ、紫外線などです。
催奇形性物質や発がん物質の影響を特別に受けやすい時期があります。例えば、胎児期の早期です。その時期には、細胞分裂を繰り返しすので、DNAの変異を容易に起こします。逆に、細胞分裂をしていない時期(静止期)には、DANの変異はあまり起きません。
慢性炎症があると、免疫系の細胞などで、さかんに細胞分裂が行われます。細胞分裂の際には、発がん物質の影響を受けやすくなります。つまり、慢性炎症があると、がんに罹りやすくなります。特定の病原性微生物が、特定のがんと密接に関係する場合があります。例えば、B型肝炎ウイルス感染症では、肝細胞がんの頻度が高くなります。後天性免疫不全症候群AIDSでは、カポジ肉腫の頻度が高くなります。ヒト・パピローマ・ウイルスでは、子宮頸部がんの頻度が高くなります。
(1)「Evolution & Medicine」(Perlman、2013年)、6章「がん」
「子どものがんには、しばしば遺伝した遺伝子突然変異がある。この点において、大人のがんとは異なっている。」(p65)
「がんは進化する生態系である」(p73)
(1)「Evolution & Medicine」(Perlman、2013年)、6章「がん」
「子どものがんには、しばしば遺伝した遺伝子突然変異がある。この点において、大人のがんとは異なっている。」(p65)
「がんは進化する生態系である」(p73)