次のような文章を書きました。



第14章リスク認識

リスク認識は、生物にとって非常に重要です。危険認識のわずかな差が、生存率の大きな差をもたらします。

旧石器時代は600万年以上も続きましたが、当時の大きなリスクは、現代社会のものとは異なっていました。今の未開の地に多いリスクは、外傷、飢餓、他の部族に襲われること、感染症、寄生虫、蚊の害などです。5歳までの子どもは、脱水や事故で多く亡くなります。

我々の心と体は、旧石器時代のままです。われわれは、旧石器時代に脅威であったものに対して恐怖心を覚えます。例えば我々は高さに対する恐怖心を持っています。飛行機に乗ると高さに対する恐怖心を覚えます。しかし我々は速さに対する恐怖心をあまり持っていません。飛行機が着陸した瞬間に「助かった」と思いますが、まだ時速は200km以上あります。

チャールズダーウィンは、イギリスの鳥は人を恐れるが、ガラパゴスの鳥は人を恐れないと述べています。ガラパゴスの鳥は、それまで人を見たことがなかったので、人に対する恐怖心を持たなかったのです。

私は小さい頃、ヘビを恐れていました。ヘビに対する恐れは、類人猿が共通して持っており、新生代に成立しました(Wikipedia英語版)。不安はもちろん生存に役立ちます。我々の先祖の多くがヘビによって害を受けました。ある時突然変異により、ヘビを恐れるようになりましたが、そのような感情があった方が生存率が上がったので、ヘビを恐れることは集団全体に広がっていったのです。

旧石器時代には、メタボ系の病気(生活習慣病)はありませんでした。それでそうした疾患に対する恐怖心を我々は持っていません。健康診断に引っかかっても、会社が病院に行けと言うので仕方なく病院に行く人が多数です。メタボ病を心から恐れる突然変異が起きるを待っていると、何万年かかるか分かりません。

メンデル遺伝する行動もあります。行動が突然変異によって変化し、それが集団全体に広まるには、かなりの時間がかかります。しかし、学習では極めて短時間に起こります。恐れを学習により獲得することが可能です。また逆に、小さい子どもが大きくなるにつれてあまり怖がらなくなるように、恐れないことを学習することも可能です。学習は、その人ごとに試行錯誤によって獲得されますが、その危険についての情報を伝えることにより集団全体へ広めることが可能です。危険な動植物や、食べることができる動植物についての知識を、文化として維持していくことが可能です。

危険認識には、次のような特徴があります。

一般的に言えば、宝くじに当たるような良い可能性は過大に評価されます。また病気になるような悪い可能性は過小に評価されます。

若い男性は、しばしば危険な行動を行います。若い男性は リスクを冒しても大きな成果を入手できれば自分の子孫を大きく増やすことが可能です。包括適応度の期待値を増やすことができます。一般的に言えば、オスは、配偶者獲得に際してリスクを冒す傾向があり、親としての養育に際して安全な行動を選択する傾向があります。

未開の地では、殺人による死亡が、死亡全体の10%ほどに達するという調査があります。未開の地には、法律も裁判所もありません。そうした暴力行為は旧石器時代を通じて大きな脅威であり、報復などのしっかりとした対策が行われました。現代の我々も、ある集団が一般の人の生命を奪うことを絶対に容認しません。しかし、健康に悪い物を売る会社の営業行為に対して、我々は極めて寛容です。旧石器時代にはそのような会社は存在しませんでした。

ひとたび飛行機に乗ってしまえば、墜落する恐怖に震えていてもあまり生産的ではないので、仕事や娯楽に埋没して恐怖心を忘れるのも一つの方法です。しかし、多くのリスクに囲まれていることを再確認して、その対策を考える良い機会でもあります。飛行機墜落をテーマとしたテレビ番組があります。また、天変地異を題材としたパニック映画があります。気候変動、隕石落下、火山噴火などを題材にしています。

恐怖を煽るような説得はあまりうまくいきません。その説得を受けること自体を拒否されてしまいます。リスクコミニュケーションには配慮が必要です。静岡大学の小山教授は「脅しの防災はやめよう」と述べておられます(小山教授は、ブラタモリの「富士山」に出演しておられました)。