次のような文章を書きました。
第10章 運動
運動の効用
運動は健康に役立ちます。運動しないと弊害があります。人の体はコンパクトにできており、使わない器官は退化していきます。
運動は、生活習慣病を減らします。未開の地では、いわゆる生活習慣病はほとんどありません。未開の地では、人々は自然食を食べて多くの運動を行っています。2型糖尿病はインスリンが効かなくなって起きますが、その原因は、1つは運動不足で、もう一つは中性脂肪の増加です。運動すると、筋肉におけるインスリンの効力が回復します。体が運動していることを骨が感知してホルモンを放出します。体を動かさないと骨量が低下して、骨粗鬆症を悪化させます。厚生労働省は次のように述べています。「身体活動量が多い者や、運動をよく行っている者は、総死亡、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗鬆症、結腸がんなどの罹患率や死亡率が低い」。
運動は慢性疼痛に効果があります。慢性的な痛みのうち、15%から25%では器質的な疾患があります。例えば骨折、炎症、腫瘍、変性などです。しかし、残りの85%から75%は、体を動かさないことによる痛みです。体を十分に動かさないと腱や筋肉や靭帯は速やかに縮んで固くなります。運動は、関節の周辺の筋肉や結合組織を強化し柔軟にします(ハーバード大学)。慢性腰痛のガイドライン(US、UK、EU)は、安静ではなく体を動かすことを勧めています。ハーバード大学は、肩の痛みについて、肩関節を動かす決められた運動を続けることにより、75%ほどの人の疼痛が改善すると述べています。「ヒトの心はどう進化したのか」という本の著者は、腰痛で半年ほど安静にしましたが、改善しませんでした。しかし狩猟採集生活者は走り回りますが腰痛の人はほとんど見られないので、痛みの少ない時に長時間歩いたり走ったりするようにしたところ、腰痛はウソのように消えたとのことです。
運動は精神的な疾患にも効果があります。運動はストレスを減らします。軽症のうつ病は近年増加傾向にありますが、日光、ビタミンD、運動などにより回復する場合があります。
運動すると脳由来神経成長因子BDNFが放出されます。これにより神経細胞が増加します。げっ歯類では、回転車で自由に運動させると、海馬の歯状回で新しい神経細胞が3倍~4倍に増えます。脳由来神経成長因子BDNFの他に、インスリン様成長因子(IGF-1)や、血管内皮細胞成長因子(VEGF)も、運動と共に増加し、神経細胞の増加に役立っています(Raichlen)。未開の地では、運動と知恵が結びついています。野生の動物は簡単には手に入りません。野生の植物や野生の動物を入手するには、知識と知恵が必要です。またヒトとヒトとの情報伝達や協力も必要です。屋外での活動(運動)と、知識や知恵とは、密接に関係しています。
知的な活動を行うためにも運動が重要です。経済学の野口教授は、一つの話題についての知識を頭に詰め込んだ後で、公園を歩かれます。チャールズ・ダーウィンは、朝起きると歩き、昼にも歩きました。また京都大学の山中教授は、昼にジョギングしておられます。
トップアスリートは語学が達者です。サッカーのヒデさん(中田英寿選手)は、NHKのイタリア語講座に出ておられました。卓球の愛ちゃん(福原愛選手)は、NHK中国語講座の講師をしておられました。相撲の白鵬関、日馬富士関も、流暢な日本語を話しておられます。
未開の人々は、狩りを協力して行いました。助け合ってサバンナで生活しました。運動は、そうした協力や助け合いの一環でした。ザトペックにとっても走ることは、1つの地位を奪い合う戦いではなく、友人との交流を深め合う愛情のしるしでした。
運動は、リハビリにおいても極めて重要です。リハビリとは基本的に体を動かすことです。NHKドキュメンタリー「車椅子より立ち上がり」では、多くのトレーニングを行うことによって少しずつ歩行することが可能になる様子が報道されていました。
病気の時にも、リハビリとしての運動は、極めて重要です。例えば、循環器疾患の運動療法についてガイドラインが作られていますが、それによれば、重症の循環器疾患に罹患した場合でも、絶対安静にするのではなく、わずかな分量から体を動かし始めて、本人の症状や、検査所見を見ながら慎重に徐々に運動の量を増やしていくことが勧められています。これは脳卒中などの脳の疾患でも同様です。
運動の必要量
1日に30分間、速く歩くことが勧められています。理想的には1日に1時間、速く歩くのがお勧めです。私は、毎日1万歩以上を歩いています。約5㎞です。また週に1回15㎞を歩いています。3時間半かかります。
運動する上での注意点もあります。例えば、骨粗鬆症の人が高いところから飛び降りたりすれば骨は潰れてしまいます。骨粗鬆症の人は、ジャンプなどの強い圧力がかかる運動は不適切です。心不全の人が激しい運動するのも良くありません。喘息の人はマラソンなどの砂ホコリを多く吸う運動は不適切です。また運動を行うには、ウォーミング・アップやクーリング・ダウンも必要です。例えば、野球をするときには、最初にキャッチボールを行い、最後にもキャッチボールを行います。
未開の人々、旧石器時代の人々
未開の人々が体動かすのは、その必要があるからです。食べるものが豊富にある場合は、体を動かしません。彼らが狩りや食物採集に出かけるのは、食べるものが無くなってきたからです。ヒトは、身体を不活発な状態にしておく余裕はありませんでした。それで不活発な状態を防ぐような強い淘汰も働きませんでした(Lieberman)。
熱帯近くのサバンナにいる彼らは、シカなどの動物を長時間追いかけます。1匹のシカに目をつけて、3、4時間、仲間と追いかけます。シカには毛皮があるので暑くて走れなくなります。ヒトには毛皮がなく汗腺が発達しているため、3、4時間走ることができます。肉食獣が暑さのために日陰で休んでいる昼の暑い時間にヒトは走ることができます。
しかし、必要がなければ運動はしません。彼らは、ケガをすれば安静にします。例えば捻挫した場合や骨にヒビが入った場合です。それらは、しばらく安静にすることで回復します。何か体にトラブルがあれば、安静にする行動が行われます。そうした行動は、今の我々に引き継がれています。我々は、必要が無ければ運動しません。また何か体に異変があれば安静にします。しかしこれは、現在多くある生活習慣病の対策には適していません。
対策
子どもは体を動かすことが好きです。小学校の始業前やお昼の休憩時間にグランドで遊ぶことがあります。わずか10分の休憩時間でもグランドで体を動かします。私が見たある小学校では、ドッチボールが大流行しており、 わずかな時間でもグランドで、ドッチボールが行われていました。また私は、重症の頭部外傷の5歳の男の子を診療したことがあります。その子どもは、右足がわずかに動くだけでしたが、その右足を使ってサッカーボールを蹴ることを楽しみにしていました。
子どもが体を動かそうとすることは、本人の健康につながり、ひいては本人の繁殖の成功に結びつきます。子どもたちが運動好きであることや、自分でやってみたがることや、大人の真似をしたがることなどは、本人の繁殖につながるので、進化的な適応であると考えられます。
また、スポーツなどのクラブ活動は楽しいこととして、学校の放課後に広く行われています。必ずしも必要がなければ安静にするというわけではありません。体を動かす目的で、楽しいスポーツをするように勧めることが考えられます。
また、必要がなければ安静にするという本能的な姿勢を修正するために、運動の意義を理性的に理解して、合理的な判断のもとに運動することもあり得ます。
運動しないことは健康リスクの1つですが、しかしこれとは別に、長い時間座ることも独立した健康リスクです。1日に1時間速く歩いて運動の必要を満たしたとしても、1日6時間以上座る人では慢性疾患のリスクが高くなります。「立ち上がれイギリスStand Up UK」という組織は、座る時間を減らすことを呼びかけています。立って会議を行ったり、立って勉強を行ったりすることが勧められています。
沖縄の長寿村の人は、100歳になっても農業や漁業を行っており、健康です。未開の地域でも、高齢になっても運動量は減らず、狩りや採集を行っています。定年のように、ある年齢になったら引退することはありません。老化の対策、認知症の対策として、体を動かすこと、働くこと、仲間の役に立つ事は重要です。
ハーバード大学は、いつでもどこでも運動することを勧めています。屋外で運動するだけではなく、いつでもどこでも運動するのが良いということです。部屋の中で歩くこともできます。「走るために生まれた」という本では、靴の害を避けるために、素足で走ることが勧められています。屋内で歩くのであれば、靴による害を心配せずに歩くことができます。
運動を1つだけするのであれば、有酸素運動がお勧めです。有酸素運動とは、例えば歩くこと、自転車に乗ることなどです。その他に、筋肉トレーニングもお勧めです。重いものを持ち上げたり、腹筋運動などが筋肉トレーニングです。その他に、ストレッチもお勧めです。ストレッチは、関節の可動域を増加させます。ラジオ体操や柔軟運動がストレッチです。その他に、バランス運動もお勧めです。片足で30秒立ったり、手を使わずに立ったり座ったりするのがバランス運動です。