次のような文章を書きました。
第8章 がん
がんとは何か
がんは遺伝子の病気です。発がん物質が、細胞の中の染色体にあるDNAを傷つけで発生します。発がん遺伝子のいくつかが活性化されたり、がん抑制遺伝子の働きが失われたりして、がん細胞ができます。がん細胞は無限に増殖します。またがん細胞は、血管の壁をすり抜けて血管の中に入り、遠い場所で血管の外へ出て増殖します。またがんの細胞の塊は、周囲から血管を引きずり込んで、酸素や栄養を受け取ります。がんは、たった1個の細胞のがん化から進展します。
DNAの損傷が、蓄積して行ってがんになるので、がんは老人に多い病気です。年齢を重ねるごとに、がんの有病率が増加します。がんは、子どもにも起きますが、大人ほどの数はありません。小児がんは日本では年に2000人から3000人ほどが登録されますが、がんによる死亡は日本全体で年に30万人ほどです。
クジラ、ヒト、ネズミでは体の大きさがかなり異なります。しかし白血球など、細胞の大きさは比較的一定です。多くの細胞のうち1つでもがん化すれば、がんという病気を引き起こします。クジラではネズミに比べて細胞の数が非常に多いので、クジラはがんを起こしやすいことになります。捕食の関係では通常は体が大きい方が有利ですが、発がんに関しては体が小さい方が有利になります。しかし、がんになりやすさは、調節されていると考えられます。
恐竜の化石にも、がんがあります(NHK)。未開の人にも、がんがあります。またエジプトのミイラにもがんで死亡したケースがありますが、全体の1%以下です(NHK)。現代の日本人は、全体の4分の1から3分の1の人ががんで亡くなります。これは多すぎる数字です。
がんの原因
食べものを高い温度にすると、熱で分解したり焦げるなどして発がん物質ができることがあります。BBCは「熱により黄色くなったものは食べて良いが、茶色になったものは食べてはいけない」と述べています。火を通すことは重要ですが、なるべく低温で調理することがお勧めです。
また体にできた火傷が直ちにがんになるわけではありませんが、繰り返し火傷をすることでがんができることがあります。例えば、熱い茶粥をよく食べる人に、食道がんができることがあります。また食物は腐敗するときに発がん物質を作ることがあります。それで未開の人にも、消化器系のがんができます。
がんの原因の約3分の1はタバコです。タバコの葉には毒物のニコチンが含まれています。植物は、しばしば、草食動物に食べられないためにアルカロイドなどの毒物をつくります。タバコの葉に含まれるニコチンは、毒物であり、タバコ1本ほどのニコチンが、小さい子どもの致死量になります。ニコチンは、副交感神経を刺激してほっとした気分にさせます。タバコには強い依存性があって、一度吸うとやめられなくなります。タバコは、石器時代には無かったものです。タバコ業者は、若い人をターゲットにして、販売促進活動を行っています。
アルコールは、れっきとした発がん物質です。がんの原因の約6%はアルコールによるものです。日本では、毎年がんで亡くなる30万人のうち、6%つまり1万8千人がアルコールによるがんで亡くなっています。ビール会社が、ビールのCMをするときには、ビールを飲むと(脳の一部を麻痺させて)爽快で楽しい気分になると述べますが、依存性や発がん性の事は黙っています。最近では、若い女性が販売促進活動のターゲットになっており、20歳代の女性の方が、同年代の男性より、酒量が多くなっています。
メタボ系の病気(肥満や糖尿病や高脂血症など)と関係するがんもあります。胃がんは食塩を多く使う地域に多発します。また、乳がんの罹患率は、脂肪の消費量と正の相関があります。ただし、脂肪を減らしても乳がんは減らなかったので、これは偽相関でした。
放射線にも発がん性があります。放射線はDNAを構成する分子と相互作用を起こして影響を与えます。宇宙から来て我々の体を貫通する放射線もありますので、がんをゼロにすることはできません。診断用放射線にも発がん性があります。日本は世界の先進国と比較して、診断用放射線によるがんが多い国です(Nature紙)。
最近、日本医師会雑誌に漢方薬の発がん性についての記事がありました。黄連や黄ばくの成分には発がん性があって、国連の専門機関によって発がん性ありと判定されたとのことです。私は自分からは漢方薬を処方しませんが、患者さんが特定の漢方薬を希望された場合に、問題が無ければ処方しています。今後は黄連や黄ばくを含む漢方薬については、その旨をお知らせしようと思います。市販薬にもそれらを含むものがあります。
私の父方の叔父の1人は大腸がんに罹患しました。また私の母方の叔父の1人も大腸がんに罹患しました。ですから、私は大腸がんについてハイリスクであると考えています。痔があって、これまでに5,6回大腸カメラ検査を受けました。痔は、最近20年間には、非常にゆっくりですが、症状がひどくなる傾向にありました。
ところで、未開の人は、しゃがんで排便します。これが本来の姿勢です。しかし現代の人は西洋便器に腰掛けて排便します。このことが痔を悪化させているという考えがあります。西洋便器を使う際には、足台を置いてそれに足をのせて、さらに上体を前に傾け向けて、しゃがむ姿勢に近づけると、無理なく排便できると主張しています。私は、そのような足台をアマゾンで取り寄せて、試しに使っています。3ヶ月が経過しましたが、痔の症状はかなり改善しました。ただし、同時に菜食主義を始めているので、その影響もあるかもしれません。
がんは遺伝するか
我々は、多細胞生物であり、多くの細胞からできています。そうした細胞は、体を形作る体細胞と、生殖のための生殖細胞に分けられます。がんは通常は体細胞に遺伝子変異が積み重なって発生します。
例えば私が発がん物質を多く含む物をたくさん食べて、私の胃にがんができたとします。私の体細胞にできたがんが、私の生殖細胞を通じて、私の子や孫に伝わるわけはありません(黒木先生による)。
しかしながら、がんは遺伝子の病気です。今、あるがんは、発癌遺伝子5個がオンになってできるとします。私がタバコを吸うなどして、私の胃の細胞にある発癌遺伝子がオンになっても、私の生殖細胞とは無関係です。しかし、私の体の中に多くの発がん物質が入れば、発がん物質は肺や胃に直接入るだけでなく、血流に乗って他の多くの臓器に到達し、そこでがんを発生させます。
私の体細胞では、5つではなく4つの発癌遺伝子がオンになっても平気です。5つ全部がオンになっても、そのがんが大きくなって私が死ぬまでにはかなりの時間がかかりますから、5つ全部がオンになってもしばらくは大丈夫です。
しかし、生殖細胞の異変(つまり遺伝子の異変)は、子や孫に伝えられます。発癌遺伝子の1つでもオンになれば、その遺伝子変異は子や孫に伝えられるのです。生殖細胞の傷は、世代を下るごとに蓄積していきます。
一般に、遺伝性疾患の発症年齢は、代が下がるにつれて、早まる傾向があります。DNAの傷は、次第に蓄積するからです。
生殖が終了するまでは、生殖細胞のがん予防をしっかり行う必要があります。タバコやアルコールなどの発がん物質を若い人に与えると、生殖細胞の遺伝子変異が起きて次第に蓄積していきます。
日本人全体の遺伝子プールに変異が蓄積しても、個人からは重要視されません(群淘汰)。個体にとって、自分と近親者の利益の方がはるかに重要です。依存性のある発がん物質を他人に売ってでも、自分が儲けた方が良いわけです。しかし、配偶者選択においては、同一の種から選ぶしかありません。しかも、近親結婚は避けなければなりません。そうだとすると、種(あるいは日本人)の遺伝子プールに変異が蓄積することを軽視すれば、結局自分の子孫ががんで苦しむ可能性が増加することになります。
野菜や果物を食べると、がんは減ります。植物も我々と同じDNAシステムを持っています。春には落葉樹の茎から一斉に葉が出て生い茂ります。植物にも無限に増殖する遺伝子変異があります。しかし、植物には血管がないので転移は困難です。植物は日光により光合成を行いますので、紫外線から逃れることができません。それで、植物はがんになりにくい物質を作っています。ファイトケミカルやカテキンです。我々はそのような物質を作る事はできないので、植物を食べてそうした物質を取り込んでいます。