次のような文章を書きました。

第七章 高血圧

日本には、高血圧の人が、約4000万人います。高血圧は脳卒中や心筋梗塞の原因になります。世界保健機構WHOは、脳卒中の原因の約60%は高血圧であると述べています。また心筋梗塞の原因の約50%は高血圧であると述べています。

高血圧の原因にはいろいろなものがあります。食塩を摂りすぎると、食塩のナトリウムは水の分子をくっつけて血管の中に長く保持されて、血圧を上昇させます。砂糖は、糖化反応を引き起こし、蛋白質を変性させ動脈硬化を引き起こします。悪い油も動脈を硬化させて高血圧を引き起こします。ストレスや不眠では、ストレス・ホルモン(ステロイド・ホルモン)を増やして血圧を上昇させます。

進化医学

生物は海から陸へ進化しました。海には食塩が多くありますが、陸にはあまりありません。陸の生物は汗や尿で塩分を失います。内陸部では塩分は、長い進化の時間を通じて不足気味でした。それで内陸部の生物は、食物から得た食塩を大切に保持する仕組みを発達させました。レニン・アンギオテンシン・アルドステロン系により、ナトリウムを体に保持しています。また食塩を美味しいと感じる仕組みがあり、食塩の多いものを食べようとします。

食塩の必要量は、厚生労働省によれば1日1.5グラムです。この値は多少の余裕を含んでいる値です。未開の人では、1日1グラムまでの摂取です。必要量が1グラムくらいで、摂取量が1グラムくらいですから、ちょうどギリギリです。ヒトほどの大きさの動物も同様です。不足気味ではありますが、食塩を外から補わなくても生きていけるということです。

しかし、現代においては、食品を加工する際には、ほぼ必ず食塩が混入されます。そうした方が美味しく感じられるからです。レストランも同様に、売り上げ(利益)が最大になるところまで食塩は入れられます。食塩は海に無尽蔵にありますので安価です。

うどんをツユでなく、湯で食べたとすれば、非常にまずいでしょう。しかしそれがうどんの真の姿です。通常は味付けにより味覚がごまかされています。

対策

減塩

食塩は加工食品に多く含まれています。アメリカ政府によれば、体に入る食塩のうち75%ほどは加工食品から入ります。残りの25%は3等分されます。うち一つは、食品に元から含まれている食塩です。一つは、調理の時に加えられる食塩です。もう一つは、食べる時に加えられる食塩です。減塩を行うには、加工食品を減らして自然食品を増やすことが効率的です。

アメリカ政府が、高血圧の人に勧めているのは、ダッシュ(DASH)ダイエットです。ダッシュ・ダイエットがどのようなものであるかについて、日本語の範囲で調べても見当たらなかったので、私は、アメリカ政府の説明を読んで、日本語版ウィキペディアの「ダッシュダイエット」の項目を作りました。ダッシュ・ダイエットとは、一口で言えば、野菜と果物を多く摂るダイエットです。2200Kcalくらい消費する人であれば、1日に中ぐらいの野菜(80グラムの野菜)を5個、中ぐらいの果物を5個食べます。全粒穀物(玄米など)を通常量食べます。そして、加えられた砂糖を1日15g以下にします。特に塩分についての制限はありませんが、実践すると加工食品の摂取が減り、塩分量は自然に減ります。

日本政府は、高血圧のある人は1日塩分量を6グラム以下にすることを勧めています。世界保健機構WHOは、高血圧のある人もない人も1日塩分量を5グラム以下にすることを勧めています。アメリカ政府は、51歳以上の人は、高血圧のある人もない人も1日塩分量を3.8グラム以下にすることを勧めています。減塩により血圧を下げるには、1日塩分量を6.5グラム以下にすることが必要です。私はアメリカ政府の説明が最も正しいと考えています。

日本人は、1日に平均11グラムの食塩を摂取しています。私の外来で「私は塩分を減らしています」と述べる患者さんの1日塩分量を尿から推定してみると、1日9グラム位の場合が多いです。わずか2グラムの減量では血圧は減りませんが、それでも合併症を減らすことができます。イギリス政府は、塩分摂取を1グラム減らすと脳卒中や心筋梗塞の発症をイギリス全体で1万3,000件減らすことができると計算しています。

イギリス政府は、毎年少しずつ(10%ずつ)加工食品の食塩を減らしました。塩分摂取が30%減ると、英国の心筋梗塞は約40%減少し、さらに認知症の発症までも20%減少しました。なお、欧米には心筋梗塞が多く、日本には脳卒中が多く発生しています。日本は欧米と比較して、塩分摂取が多い国です。

私は、最近1ヶ月ほど、試しに菜食主義を行っています。最も厳格な菜食主義です。

朝は、キュウり、玄米、バナナ1本、豆乳、海苔1枚です(値段は、100円、30円、30円、70円、30円=260円です)。昼は、キュウリがトマトに代わり、バナナが1本から3本に増えます。また、海苔1枚の代わりに糸引き納豆になります(値段は100円、30円、70円、70円、30円=300円です)。夕食は、キュウリ、玄米、バナナ3本、豆乳、ナッツ56グラム、大豆80グラム、アボガド1個、キウイ1個、海苔1枚です(値段は680円です)。アボガドとキウイは、他の物に変わる場合があります。例えば、和風野菜(冷凍)、カレーの用の野菜煮物、カボチャ(冷凍)のうちの1品です。

私は砂糖を加えられたものを食べていません。また食塩を加えられたもの食べていません。今は臨時に菜食主義を行っていますが、普段は、豆乳の代わりに牛乳を飲んでいます。また昼の納豆の代わりに牛肉40グラムの煮物を食べています。また夕食の大豆80グラムの代わりに魚を食べています。

私の塩分摂取量は1日約1グラムです。私の血圧は105/75mmHgほどです。指をドアに挟んだ日は、血圧が上がって120/80位になりましたが、翌日には元に戻りました。

なお減塩してはいけない場合があります。お年寄り方で血液中のナトリウムが低い場合があります。認知症や脳卒中など、脳にトラブルがある場合に、脳の下垂体の働きが低下する場合があります。抗利尿ホルモンADHや、副腎皮質刺激ホルモンACTHの異常により、低ナトリウム血症が起きる場合があります。軽症の場合には塩分投与が行われます。私が勤務する老人施設でも、食塩を1日3グラム投与している患者さんが3人おられます。脳の下垂体から出るホルモンは6種類ありますので、血液中のナトリウム濃度以外にも問題が生じることがあります。例えば甲状腺ホルモンの異常や、副腎皮質ホルモンのうち糖質コルチコイドの異常が出ることがあります。

個人の努力に依存する対策はあまりうまくいきません。強靭な意思が必要です。食品についての知識が必要です。我々は本能的に食塩を求めています。イギリスのように加工食品に含まれる塩分を国全体で少しずつ減らしてゆく方法が有効です。

(5)「フードトラップ」(モス、本間訳、2014年)第三部「塩分」
「1日に小さじ半分の食塩を減らすだけでも、米国人の心臓発作9万2000件、脳卒中5万9000件、死亡8万1000件を予防でき、医療費その他で200億ドルの節約になると推定された」(p393)
「(フィンランドでは)2007年には、一人当たりの塩分摂取量が3割以上低下し、それに伴って脳卒中と心臓病による死者数も8割減ったのである」(p407)
http://www.worldactiononsalt.com/worldaction/europe/53774.html

(19)「昨日までの世界」(下)(ダイアモンド、倉骨訳、2013年)
「加工食品の製造業者はなぜ、これほど多くの食塩を食材に添加するのだろうか。ひとつの理由は、それが、安価でまずい素材を、ほとんどコストをかけずに食べられる食材にする方法だからである。また別の理由は、肉の塩分含有量を増やすと、肉の含有水分も増加し、食品の重量を安価に約20%も水増しすることができるからである」(p304)