次のような文章を書きました。
第4.5章 攻撃性
第4.5章 攻撃性
未開の地に法秩序はありません。無法地帯です。未開の地では、全死亡のうち殺人による死亡が10%以上もあります。近隣の集団と戦争状態になることもあります。弱肉強食の戦いは他種だけでなく同種にも及びます。水や食料など限られた資源を奪い合って攻撃が行われます。自分の遺伝子を広めるのに役立つので、攻撃性は進化上の存在意義があります。我々にはそのような攻撃を行う本能的な性向があります。
殺人の研究者によれば、人を殺す理由(きっかけ)は実にささいなことです(Daly)。若い男性では、道を譲ったりするのは負け犬のような気がします。ささいな争いの勝敗が、自分の遺伝子の繁栄を大きく左右するように思われるのです。イヌの集団には順位があります。ニワトリの集団にもつつきの順位があります。ひとたび順位が決まってしまえば、上位者は常に得をします。我々にもそのような性向があることを意識する必要があります。その場では道を譲っても、別のことで自分の遺伝子を繁栄させることは、いくらでも可能です。
相手を殺すのではなく、奴隷のような形にして労働力を利用する場合もあります。植民地支配など、本人の利益に反して行う支配では、毎回力を用いると、違法な支配がその都度明らかになります。それで、内的支配が行われます。植民地には、宗主国を支持し良好な関係を示す人々がいます(反抗的な人々に対しては、厳しい弾圧が行われます)。たの人をそのように扱うことがあり得るのです。
親が子にケガをさせたような場合、それがしつけなのか、虐待なのかが問題になることがあります。それを鑑別するためには、ケガの重症度、頻度、きっかけ(理由)などが調べられます。1つの鑑別点は、内的な支配があるかどうかです。例えば虐待を受けている子どもは「僕は本当に悪い子だ。いつも悪いことばかりしている」などと親の虐待を正当化することがあります。もう一つは、子どもが子どもとして尊重されているかどうかです。子どもの利益が尊重されているかどうかということです。(なお、子の連れ去りでは、小さい子どもは、誰も見ていないところで、ゆっくりと意見の変更を迫られます。自由な意見の表明はできません。小さい子どもは、親にすがって生きていくしかないのです。また、他方の親に会いたいという切実な希望は、かなえられません。子の連れ去りは、虐待の要件を満たすので、ハーグ条約では元へ戻します)。
良いニュースがあります。殺人による死亡は、有史以来減少傾向にあります。殺人や戦争によって死亡する人の割合は、有史以来一貫して減少する傾向にあります(ピンカー)。法秩序や人間尊重の文化や相互コミニケーションや報道機関などにより、我々の社会は、望ましい状態に少しずつ近づいています。
第五章 感染症
私が日々医者として行っていることの半分くらいは感染症への対応です。気管支炎、肺炎、膀胱炎、皮膚感染症などの患者さんに対して、抗生剤の経口薬を処方したり、抗生剤の点滴を行ったりしています。私が勤務する老人施設においては、大多数の感染症は「市中感染症」です。市中感染症では、どの抗生剤を投与してもよく効きます。これに対して大きな病院でよくあるのは「院内感染症」です。院内感染症では多剤耐性の黄色ブドウ球菌(MRSA)と緑膿菌の混合感染であることがよくあります。そのような場合では、限られた抗生物質しか効きません。だから大きい病院へ行って治療するより、老人施設で治療した方が良い場合もあります。
認知症や脳卒中の既往がある上に高齢化が進むと、抵抗力が次第に低下して、感染症が重くなります。最近の日本では、肺炎が死亡原因の多い方から3番目になっています。
旧石器時代のヒトでは、感染症の脅威はあまりありませんでした。30人ほどの集団で離れて暮らしているので、風邪、インフルエンザ、麻疹、風疹などのウイルスが、他から持ち込まれるチャンスはあまりありませんでした。ただしケガをしたときに、傷口から細菌が侵入して化膿したことは大いに考えられます。
人類が火を使うようになると、肉の寄生虫を殺すことが可能になりました。また煙を起こすことで、蚊の害を減らすことが可能になりました。南の方では、マラリアの害が深刻です。進化生物学者のウィリアムズ氏はマラリアで亡くなられました。
現在の重要な感染症の多くは、家畜化された動物がもともと持っていたものです(ダイアモンド)。
1,532年頃に、スペイン人は南アメリカへ侵攻しましたが、この頃に持ち込まれた天然痘が大流行を引き起こしました。この流行はインカ帝国が滅亡する原因の1つになりました。
また中世ヨーロッパの都市部で、ベスト(黒死病)の流行が繰り返し起きました。ヨーロッパの都市部の人口が、3割も減少するようなことがありました。
わが国でも大正から昭和の初期にかけて、都市部で結核が蔓延したことがあります。結核は、当時は死亡原因の1位でしたが、今は10位以下になっています。
このように感染症は条件が揃うと恐ろしい結果になることがあります。
私が、声を大にして言いたいのは、感染症は予防できるということです。十分に栄養摂取をして適度に体を動かすと、感染症を減らすことができます。1年に2、3回風邪を引くのは平均的な人ですが、真に健康な人は風邪も引きません。先進国では結核は減少傾向ですが、特定の薬の効果と言うよりは、栄養や居住環境の改善の効果が大きいと考えられます。特に食事が重要です。早めに結核の薬を飲むということではありません。私は病院で毎日内科外来を担当していたことがありますが、毎年2、3人の結核患者さんが来院されていました。今のところ私は結核をうつされずに済んでいます。自分の健康管理を怠ると、自分が結核などの感染源になって、家族や同僚や患者さんにうつして迷惑をかけます。