次のような文章を書きました。
第一章
進化生物学
ダーウィンの進化論は、基本的に正しいものとして現在も受け入れられています。ダーウィンの進化論は、次のようなものです。
生物の集団には、いろいろな個体差があります。例えば、肥満です。個体差の中には、親から子へ遺伝するものもあります。例えば、外国人の髪の色や目の色は、遺伝傾向があります。そうした親から子へ遺伝する形質の中には、生存のために有利なものもあります。有利な形質を持つ個体は、生存競争を勝ち抜いて、集団の中で次第に数を増やして、自分の子孫を繁栄させます(適者生存)。
複雑で高等な生物も、こうした進化の仕組みにより、長い年月を経て、単細胞生物から少しずつ形作られてきたのです。
体の特徴(形質)だけでなく、行動も遺伝します。鳥のさえずりについては多くの研究が行われていますが、他の鳥が鳴くところを一度も聞くことが無いように育てられた場合でも、特徴的なさえずりを行うことが可能な鳥もいます。ただし、後天的な学習の影響が大きい鳥もいます。行動を行わせる遺伝子は、生存・繁殖のために有利であれば、集団の中に広まって行きます。
個体はいずれ死亡しますが、遺伝子は親から子へ代々引き継がれます。生物は、自分の遺伝子を子孫に繁栄させようと努めます。このような状況に対して、ドーキンズという人は「個体は遺伝子の乗り物に過ぎない」と述べています。なお、この場合に重要であるのは、どの生物にも共通するような遺伝子ではなく、自分を特徴づけるような遺伝子です。
自分を特徴づけるような遺伝子は、当然自分自身が100%持っています。しかし、それを持っているのは自分だけではありません。自分の遺伝子は、親から半分ずつもらったものですから、親は自分の遺伝子の50%を持っています。兄弟姉妹も自分の遺伝子の50%を持っています。自分の遺伝子を増やすには、自分の血縁者の子孫が繁栄するのも一つの方法です(包括適応度を上げる)。「血は水よりも濃い」ということわざがあります。
日本の木村資生(もとお)博士は、ダーウィンの進化論に重大な修正を加えました。木村先生によれば、DNAに起きる突然変異の多くは、適者生存の観点から見て良くも悪くもなく中立であるとのことです。この木村先生の説は広く受け入れられています。例えば類人猿とヒトのDNAの類似度を比較して、チンパンジーが最も人の遺伝子との一致が多い(変異が少ない)ので、ヒトとチンパンジーが最も近縁であると判断できます。木村先生の「中立説」は、太田朋子博士の「ほぼ中立説」に引き継がれています。「ほぼ中立説」は、適者生存の観点から、弱い善悪のある場合について言及されています。こうした中立遺伝子変異も、集団の中に広まって行きます。長年を経過すると、元のDNAの内容からの変異が蓄積して行きます。残念ながら木村先生は亡くなられていますが、太田朋子先生は御健在でクラフォード賞、文化勲章を受賞されています。
進化医学
症状
例えば下痢という症状があります。病原菌が消化管を刺激して下痢を引き起こすことがあります(下痢が起きる直接的な仕組みの説明は、近接要因の説明です)。下痢により病原菌をなるべく早く体の外へ出してしまうことは、宿主にとって利益になります。また病原菌にとって、下痢の形で宿主の体外に排出されれば他の宿主に感染する機会が増えるので利益となります(こうした説明は、それぞれの生物にとって下痢がどのような意味(存在意義)があるかを説明しています。これはティンバーゲンの言う究極要因の説明です)。
嘔吐も同じです。病原微生物や毒物が体内に入ったときに、それを排出する意味があります(究極要因)。
ある時嘔吐する5歳の子どもが来院しました。別の医師により、ある薬が通常の10倍ほど投与されていました。薬剤師さんによるダブルチェックをすり抜けたのでした。この量だと、抗けいれん薬でも止まらない強い痙攣が起きるはずでした。しかしその子どもは嘔吐によりこの薬を体外に排出したのでした。血中濃度を測定してみると、ちょうど正常範囲に入っていました。もし、嘔吐を止める薬を服用していたら、重大な事態になっていたかもしれません。
下痢は低開発国で子どもが死亡する原因のうちで最も多いものです。下痢から脱水を起こして死亡してしまうのです。普通の水を飲ませても消化管からは吸収されません。戦後、点滴(水分とブドウ糖と電解質を補う)、経口補液(スポーツ飲料)が開発されてから、子どもは下痢で死ななくなりました。
発熱も免疫機能を亢進させる機能があります。解熱剤を使うほうが、使わないほうに比べて、平均すれば病気は重くなります。解熱剤を使う代わりに、体を冷やしても同じことです。体を冷やす方法では、エネルギーを無駄に消耗するので、余計に体にダメージを与えます。熱がある場合も、熱が無い場合も、健康な人が快適に感じる環境設定にするのがお勧めです。
私は解熱剤を使っていません。高熱で脳が壊れるのは43℃位からです。多少の余裕を見込んでも、41℃に上昇したら解熱剤を使うつもりでいますが、最近10年間、私は41℃以上に上昇した人を見ていません。脳炎の時に脳が障害を受けるのは、多くは熱によるものではなく、ウィルスや細菌の活動によるものです。ウィルスや細菌が脳にいるような場合(つまり脳炎の場合)でも、解熱剤を使うのと使わないのとでは、使わないのがお勧めです。子どもの熱性けいれんについても、解熱剤は熱性けいれんを減らさないとされています。
痛みがあれば、体に刺さったトゲを抜くなどの対策が可能になります。しかし痛みの原因がはっきりして、正しい対策が行われるのであれば、その後の痛みは不要です。慢性的な疼痛(例えば腰痛)のうち、骨折や炎症や腫瘍などのはっきりした原因があるのは25%ほどで、残りの75%ほどは非特異的な痛みです(厚生労働省)。その多くは体を動かさないことによる痛みです。運動量をいきなり増やすと、弊害が起きることがあるので、体の反応を見ながら、運動量を少しずつ増やすのがお勧めです。
セキは、咽頭や気管のゴミを外に吹き飛ばす働きがあります。気管にある痰を外へ送り出す働きがあります。しかしながら、ウィルスや細菌の側から見れば、セキを出させることにより、外へ広まっていく利点があります。ヒトにとっての利点が少ない場合には、セキを止めても良い場合があると考えられます。
これらのように、病気の症状を止めるだけでは、病気の本質を治療することにはならない場合があります。
生活習慣病
旧石器時代(はるか昔)の我々の祖先と、現代の狩猟採集生活者は同じではありません。後者は、タバコを吸ったりアルコールを飲んだり、鍋・ナイフ・バケツを所有したりしてします。世界の大学が、未開の地に調査に入るときにプレゼントを与えるからです。
狩猟採集生活者たちに多い病気は、外傷や感染症です。現代に多い生活習慣病はほとんどありません。彼らは、イモ、野菜、果物、焼いた肉などを食べており、加えられた砂糖、食塩、化学調味料、加工食品を食べていません。狩猟採集生活者が、元来の生活を放棄して町へ出てくると、生活習慣病に罹患する人が非常に増えます。現代人よりも多いくらいです。そうした彼らが町の暮らしに嫌気がさして元の生活に戻ると、また病気も元の状態に近づきます。
旧石器時代には適応であったものが、現在の環境では適応ではありません。我々の体と現代の環境はミスマッチを起こしています。
我々の五感は完璧なものではありません。外界を正しく認識するのにも、コストがかかります。旧石器時代とほぼ同じである我々の体は、当時ならうまくいった方法を採用しています。我々の味覚は、砂糖、食塩、油、化学調味料(グルタミン酸Na)を美味であると感じるようにできています。旧石器時代のように自然食品しかない状況ではそれで問題なくうまくいきましたが、現在ではそうした調味料が食品に混入されて、摂り過ぎを招いています。