(1)カンサス大学准教授のStephen Ilardi先生は、TEDにおいて、うつ病は文明病の一つであると述べておられます。
https://www.youtube.com/watch?v=drv3BP0Fdi8

文明病であるのは、糖尿病、動脈硬化症、気管支喘息、アレルギー、肥満、多くのがん、うつ病であるとのことです。

パプアニューギニアのカルーリKaluliの人々の中には、2000人中に1人だけ、境界域のうつ病の人がいたとのことです。これは、非常に少ない数です。

Stephen Ilardi先生は、ストレス反応に対しては、次のことを勧めておられます。
1、体を動かすこと(運動)
2、オメガ3脂肪酸
3、日光
4、健全な睡眠
5、(悩み事に)とらわれないための活動
6、親しい人間関係
狩猟採集生活をする人は、これらの多くを実践しています。

Stephen Ilardi先生は、うつ病の人はライフスタイルを変えるように勧めておられます。
https://www.youtube.com/watch?v=7HDFEbsGRlA

うつ病の患者さんは、時として自殺することがあります。進化心理学の弱点の一つは、自殺についてうまく説明できないことです。もし生物が自分の遺伝子を子孫に広めるために存在しているのであれば、自殺などはあり得ないことになります。

「進化心理学 Evolutionary Psychology」(Buss、2012年)という本において、Buss教授は「血縁者の重荷にならないための自殺」を挙げておられます(要旨、p6)。確かにそのような自殺はありますが、多くはありません(私は、病院に勤務していた時に、週に1回くらい検視(検死)をしていました。年に50回だとすれば、10年では計500回くらいになります。そのうち、約半数が自殺でした。警察の方が、事前に部屋を捜査したり、近親者から事情を聞いてくれていました)。デュルケームをはじめとする自殺統計においても、「血縁者の重荷にならないための自殺」が多いとは言えません。

また、科学ライターのMatthew Huston氏は、「交渉説」について説明しておられます。これは、自殺未遂を起こすことにより、周囲に助けを求めているという説です。自分が死ぬほど苦しんでいることを正直に周囲に知らせて、環境改善を求めるというものです。
http://nautil.us/issue/45/power/does-depression-have-an-evolutionary-purpose

これは、自殺の学説というより、自殺未遂の学説です。この説によれば、自殺は、自殺未遂を試みた際に、誤って起きるということです。つまり自殺ではなくて事故です。私は、それらしい症例を1例だけ経験したことがあります。睡眠薬や安定剤を計4種類飲んでおられましたが、ある時たくさん飲んで亡くなられました。しかし、飲んだと推定される錠数は、たいした数ではありませんでした。それで、飲んだ薬の致死量を調べました。安定剤の一つは、致死量と薬用量にあまり大きな差がなく、服用した量でも致死量に達することが分かりました。死ぬつもりが無かった可能性があります。残りの症例には、それらしい症例は見当たりませんでした。

救急外来をしていた時に、睡眠薬をたくさん飲んだ人が運び込まれることがありました。必要なら胃洗浄をして、点滴をして、1泊の入院としました。精神科の病院宛の紹介状を書いて、翌日に家人と共に受診してもらいました。「1回でも自殺未遂を起こした人は、1年以内に30%の人が亡くなる」という統計があることを家人に伝えました。

世界保健機構WHOは、「自殺の予防」という文書において、次のように述べています。「『自殺について話す患者さんは、めったに自殺しない』というのは誤りであり、実際には、本当に自殺する患者さんは、通常何らかの兆候や前兆を示すものであり、患者さんの脅かしを重大に受け止めなくてはならない」。
「自殺の予防」(一般医のための情報提供)(世界保健機構WHO、2000年)
http://www.who.int/mental_health/media/en/56.pdf
この文書はまた、「自殺した患者さんのうち、80~100%の人に精神障害が認められる」と述べています。精神障害のうち、重要なのは、うつ病です。

日本では毎年100万人が亡くなられますが、うち3万人が自殺です。自殺は公衆衛生上の大問題です。

進化心理学による上記の二つの学説は、自殺の状況を今一つクリアーには説明しません。2つの学説を比較した論文を読みました。
Syme, K.L., Garfield, Z.H., & Hagen, E.H. Testing the bargaining vs. inclusive fitness models of suicidal behavior against the ethnographic record. Evolution and Human Behavior 37, 179-192 (2016).
http://anthro.vancouver.wsu.edu/media/PDF/syme_garfield_hagen2015.pdf

ミシガン大学の Randlph Nesse教授は、2005年に「進化の研究者はこれまでに、精神疾患の治療法を、一つも見つけていない」と述べておられます。
「Evolutionary Psychology and Mental Health」(The Handbook of Revolutionary Psychology、Buss編集、32章、2005年、p903)
http://www-personal.umich.edu/~nesse/Articles/Nesse-EvolMentHlth-Buss-HBEvPsy-2005.pdf

冒頭のStephen Ilardi先生による「うつ病は文明病である」という説に飛びつきたくなります。科学ライターのMatthew Huston氏は、フィンランドの自殺統計を紹介しておられますが、1800年ごろのフィンランドでは、自殺者数が人口10万人について年2人であったものが、1985年ごろには年25人にまで増加しているとのことです。
https://www.researchgate.net/profile/Steven_Stack/publication/271400833_The_Effect_of_Modernization_on_Suicide_in_Finland_1800-1984/links/54d426c90cf2970e4e62ccde.pdf

文明病の原因として重要であるのは、食事と運動です。糖尿病では、食事の関与が大きいと思われます。うつ病では、運動の関与が大きいと思われます。週に2時間半、可能ならその2倍、速く歩くことが勧められています。運動量を増やす場合には、ゆっくりと増やして下さい。

「脳を鍛えるには運動しかない」(レイティー、野中訳、2009年)という本は、うつ病に対して運動は効果があると述べています(P144 ~P178)。