加齢について、次のような文章を書きました。

加齢
「老化」という言葉は否定的な価値判断を含むので、科学用語としては「加齢(エイジング)」という言葉が使われます。

Wikipedia英語版「加齢」は、いろいろな加齢の現象を、年齢別に列挙しています。
・小さい子どもの時には20kHzの音を聞くことができるが、10代の後半になると聞こえなくなる
・いくつかの認知過程は20代の中ごろに最も良好であるが、それ以後は次第に低下し始める
・30歳までには、主に光老化によって顔や手にシワができ始める
・35歳ごろには、女性の妊孕性は急速に低下する
・40代の中ごろには、老眼のあることが明瞭になる
・50歳ごろには、男性の頭は薄くなり、女性では閉経期が始まる。コーカソイドの人々では髪の毛が灰色になる
・60歳から64歳の年齢集団では、変形性関節症のある人が53%にまで増える。しかしそれによる障害があるのは20%だけである。
・70歳から79歳では、難聴によるコミュニケーションの障害をきたす人の割合は65%になる。これは特に低所得の男性に多い
・85歳以上では、喉が渇いたという感覚が低下するので、41%の人では水分摂取が不足する。フレイルティは筋肉の量が減って筋力が低下する状態と定義されるが、85歳以上の人の25%はその状態である。

加齢の学説

どのような仕組みで加齢は起きるのでしょうか。また、どうすれば加齢の進行を遅らせることができるのでしょうか。加齢の仕組みを説明しようとする学説は多くありますが、大別すると消耗説とプログラム説の2つに分けることができます。

このうち、消耗説は自然な学説です。新品で購入した物品が、時間の経過とともに古くなって行くように、我々の体も古くなって行くという説です。

消耗説に属する学説には、次のようなものがあります(Wikipedia英語版「加齢」による)。
・DNA障害説‥‥例えば、皮膚に紫外線が当たると、皮膚の細胞のDNAが障害を受けて皮膚老化が起きる
・遺伝子障害説‥‥例えば、心筋細胞の遺伝子が障害を受けると、心筋細胞の数が減少する
・不要物質蓄積説‥‥リポフスチン顆粒のような老廃物が、細胞内に蓄積して加齢が起きる
・消耗説‥‥物品が経年変化で古くなるように、生物の細胞も古くなる
・フリーラジカル説‥‥代謝の途中で生成されるフリーラジカルが、細胞内のいろいろな部位を傷害して加齢が起きる

しかし、こうした消耗説では説明のつかない加齢現象もあります。例えば、寿命は動物の種によってかなり異なります。また、Hela細胞(Helaという人から採取したがん細胞)のように無限に生き続ける細胞もあります。また、早老症では老化が早く進行します。また何より、人間の体や頭は、使うほど消耗するのではなく、使うほど良くなるように見えます。

加齢のプログラム説は、「加齢は初めからプログラムされている」という説です。

テロメアは、染色体の両端にある構造物です。細胞分裂のたびに少しずつ短くなります。テロメアが、ある程度まで短くなると、細胞はそれ以上分裂できなくなります。細胞分裂の回数は、この仕組みにより、上限が定められています。つまり、細胞分裂の回数は、プログラムされています。Hela細胞では、テロメレースという酵素の働きで、元の長さに戻されます。

実験動物に与えるエサの量を、好きなだけ食べる時の60%~70%に制限すると、実験動物の寿命は、最大で40%伸びます(カロリー・リストラクション)。実験動物には、ストレスがあり、運動不足もあり、食べ過ぎてメタボ体質になっているでしょうから、食事制限で寿命が延びても、不思議はありません。人間でも、戦時中などに食料が不足して配給制度になると、糖尿病などの慢性疾患は、むしろ減ります。現在でも、食事を減らしたほうが寿命が延びそうな人は多くいます。だから、実験動物の寿命が、カロリー制限によって延びても、不思議は無いのですが、問題はその仕組みです。長寿に関係する遺伝子が働いて、寿命が延びているようなのです(sirtuin、mTOR)。

長寿に関係する遺伝子は、細胞内の3つの経路を通じて活性化されます。①insulin/IGF-1経路は、寿命を制限します。この経路に異常のある人は、糖尿病やがんにかかりにくいという報告があります。②sirtuinサーチュイン遺伝子は、全ての種が持っており、細胞内の代謝をコントロールします。③mTOR経路は、細胞のタンパク合成率をコントロールしています。
(「加齢の生物学Biology of Aging」、米国国立加齢研究所National Institute of Aging、2011年、p16)
https://d2cauhfh6h4x0p.cloudfront.net/s3fs-public/biology-of-aging_1.pdf

京都大学の山中教授が作成されたiPS細胞による治療は、例えば次のような手順で行われます。成人の体から細胞を採取し、それに4つの遺伝子を組み込んで、幼弱な細胞(iPS細胞)を作成します。その幼弱な細胞を分化させて、必要な組織を作り、それを元の成人に移植します。このように、遺伝子を組み込むことにより、老化した細胞を幼弱な細胞に作り変えることが可能です。

成熟と老化には、進化論的な側面があります。特定の動物にとって最も効率の良い成熟年齢や加齢過程になるように、その動物が進化論的な選択を受けている可能性があります。人間という種が最も繁栄するように、人間の成熟や加齢の過程が自然選択されている可能性があります。

京都大学の近藤祥司先生は、「癌防御機構としての細胞老化」という考えを紹介しておられます(「老化はなぜ進むのか」、ブルーバックス、2009年、p83)。そして、「老化がバリアーとなって腫瘍の成長を食い止めている」と述べておられます。「ガン遺伝子Ras-val12を導入した場合、正常細胞では老化のメカニズムが働き良性腫瘍でとどまるが、さらに何らかの遺伝子変異が追加で起こると老化せずに悪性腫瘍へと進展してしまう」とのことです。少なくとも、年を取ると、がんが進展するスピードは、一般に遅くなります。また老人施設では、がん検診は行われません。