英語版Wikipedia「腰痛」の 「予後」と「社会」と「薬物治療」と「手術」の項を訳して、日本語版の「腰痛」の各項に加筆しました。
予後
全般的に言えば、急性腰痛の予後は良好である。痛みと機能障害は、たいてい、最初の6週以内に大幅に改善する。完全に回復する人は、全体の40%から90%に上る。[55]大半の人では、1年後の時点で、痛みと機能障害のレベルは、少ない~最小限である。6週間経っても症状のある人では、回復は次第に遅くなり、1年が経過しても、回復はわずかである。急性腰痛が起きた後の長期的な予後を左右する要因は、苦痛の度合い、以前の腰痛の経験、仕事の満足度である。[55]うつ病、仕事を失った不幸などの精神的な問題があると、腰痛は長引くことがある。[56]
最初の腰痛が起きた後で、半数以上の人では、腰痛の再発が起きる。[57]再発した腰痛においても、短期的な予後は良好である。最初の6週間は大きく改善するが、それ以後の回復はわずかである。慢性腰痛のある人は、1年後にも、中等度の痛みと機能障害を持ち続けることが多い。[55] 腰痛による長期的な機能障害を持つようになるリスクが高いのは、腰痛とうまく付き合うことが下手な人や、体を動かすことを恐れる人(1年後の時点で、2.5倍も多く機能障害を持つ[58])や、機能的な障害のある人や、全般的な健康度が低い人や、痛みに精神的・心理的な要素がある人(Waddell徴候)である。[58]
腰痛と社会
腰痛は、大きな経済的なコストをもたらす。アメリカ合衆国では、腰痛は、成人が最も多く訴える痛みであり、最も多くの欠勤をもたらす症状であり、救急治療室における筋肉や骨格に関する最も多い訴えである。[70] 1998年には、腰痛により1年間にかかったコストは、900億ドル(9兆円)であったと計算されており、個人のうち5%の人は、コストの多く(75%)を自己負担している。[70] 1990年から2001年の間に、米国における脊椎融合手術については、手術適応に変化は無く、効果が大きいとする新しい証拠も無いのに、手術の件数は、2倍以上に増加した。[30] さらに、米国では、欠勤日数全体の40%は腰痛によるものであり、収入の減少や労働生産性の低下という形でコストを負担している。[71] 腰痛は、カナダ、英国、オランダ、スウェーデンでは、米国やドイツよりも、労働力のより大きな損失を引き起こしている。[71]
労働障害の結果としての急性腰痛を経験した労働者は、雇用主からエックス線写真を撮るように言われるかもしれない。[72] 他の場合と同じように、レッドフラッグが無いのなら、検査は適応ではない。[72] 法的責任についての雇用主の関心は、医学的適応とは異なる。医学的適応が無いのなら、検査を正当化すべきではない。[72] 医療提供者が指示しない検査を受けるように患者に仕向けるような法的根拠はあってはならない。[72]
薬物治療
腰痛の治療として、薬が有効な場合の薬物治療がある。腰痛が最初に起こった時の患者さんの望みは、痛みが完全に無くなることである。しかし、慢性腰痛の場合には、治療の目標は、痛みをコントロールして機能を可能な限り回復させることに変わる。 痛みへの薬物治療は、いくばくかの効果があるに過ぎないので、薬への期待は、現実に直面して、満足度が下がる場合がある。[34]
通常、最初に推奨されるのは、アセトアミノフェンや非ステロイド消炎鎮痛剤NSAIDである。たいていの人には、それで充分である。アセトアミノフェンは、標準的な使用量では、非常に安全である。しかし、過量に使用すると、肝障害を引き起こし、極端な過量では、死亡することもある。[34] 非ステロイド消炎鎮痛剤は、急性腰痛に対して、アセトアミノフェンより、もう少し効果があるが、より大きな副作用の危険性がある。例えば、腎不全、胃潰瘍、心疾患などを起こす恐れがある。この理由から、非ステロイド消炎鎮痛剤は、アセトアミノフェンに続いて、二番目に推奨する薬剤となっており、アセトアミノフェンでは効かない場合に限って投与される。非ステロイド消炎鎮痛剤には、いくつかの種類がある。効果を考える時に、COX-2阻害薬の方が、非ステロイド消炎鎮痛剤の内のその他の薬よりも良いとするエビデンスは全く無い。[34] 安全性の観点から、ナプロキセンが良いかもしれない。[35] ナプロキセンは、例えば消化性潰瘍や血小板減少症のある人などには適さない。2015年のある研究は、アセトアミノフェンには効果が無いと述べている。[36] 筋弛緩薬は有効かもしれない。[34]
痛みが充分に引かない場合には、モルヒネのようなオピオイドの短期間の使用が有効かもしれない。[37] 日本では弱オピオイドが使われる。オピオイドを使用すると、依存症になるリスクがあり、また、他の薬剤と負の相互作用があるかもしれない。また、めまい、吐き気、便秘などの副作用が起きるリスクが大きい。オピオイドは、急性の重篤な痛みが多くのトラブルを起こす場合に、短期間だけ使用するのが適切であろう。[34] 専門家の集団は、慢性腰痛に対して、オピオイドを漫然と長期間使用すべきでないとアドバイスしている。 [34][38]
慢性腰痛を持つ年長の人々に、糖尿病や胃病変や心疾患など、非ステロイド消炎鎮痛剤を使用すると大きいリスクが伴う場合に、オピオイドが使われるかもしれない。また、神経病的な痛みがある人の内の特定の人々に、オピオイドは役に立つかもしれない[39]
抗うつ剤は、抑うつ症状のある慢性腰痛の患者さんに効果があるかもしれない。しかし、副作用の危険がある。 抗けいれん薬のガバペンチンとカルバマゼピンは、慢性腰痛に対して時々使用されるが、これらは、坐骨神経痛を改善させるかもしれないが、不十分なエビデンスしかない。[34] ステロイド剤の経口的全身的投与は、腰痛には適していない。[14][34] 椎間関節への注射や、椎間板へのステロイド注射は、慢性的な非神経根性疼痛には効果が無いが、それらは、坐骨神経の疼痛には考慮されるかもしれない。[40] 硬膜外へのステロイド注射は、坐骨神経痛に対して、わずかな、ごく短期間の改善をもたらすが、長期的な利点は無い。[41] それらは、副作用を伴う危険がある。 [42]
手術
椎間板ヘルニアが、足に放散する強い痛みを引き起こし、あるいは足を衰弱させ、あるいは膀胱のトラブルを引き起こし、あるいは膀胱のコントロールを困難にするようなら、手術は有用かもしれない。[48] また、脊柱管狭窄症のある人には、手術は有用かもしれない。[49] もし、これらの問題が無いのなら、手術を受けることによって利益を得られる明瞭なエビデンスは無い。[48] 椎間板切除術(足の痛みを起こす椎間板を部分的に切除すること)は、非手術治療に比べて早く痛みの除去をもたらすことができる。[48] 椎間板切除術は、1年後には、より良い結果をもたらすことができるが、4年後、10年後には、非手術療法との差は無くなる。[48]
より侵襲度の低いマイクロ椎間板切除術は、通常の椎間板切除術と比較して、同じような結果をもたらすだけである。[48] その他の状況では、たいていの場合、手術を推奨すべきようなエビデンスは無い。[48] 椎間板の変性疾患に対する手術の長期的な効果は、不明瞭である。[48] 侵襲のより少ない外科的な治療は、回復までの時間を短縮するが、効果についてのエビデンスは、不充分である。[48]
脊椎融合手術は、椎間板の変性によって腰に限局した痛みを持つ人に対して行われる。この手術を支持するエビデンスがある。この手術の効果は、熱心な身体的治療を行うのと同じくらいであり、非外科的治療を少しだけ行うより多少良いくらいである。[49] 脊椎融合手術は、脊椎すべり症の人が、保存的治療を受けても改善しなかったような場合に考慮されるが、[48] この手術を受けて良い結果を得た人はごく少ない。[49] 脊椎を融合させる手術の手法が、数多く提案されているが、他より優れているというエビデンスのある手法は無い。[50] 脊椎を融合させる間は、脊椎を固定する器具を脊椎に装着する。この処置がリスクを高めるが、痛みや機能低下には、何の効果ももたらさない。[30]