「事故が無くならない理由」(芳賀繁)という本を読みました。この本には、事故研究についての話題が多く載っています。事故研究の概要を知ることができます。
しかし、以下の様な問題点があります。
(1)著者は、鉄道労研などで心理学者として主にヒューマン・ファクター(人的要因)について研究をしてきた人です。つまり、福知山線の脱線事故の関係者であるということです。
(1)著者は、鉄道労研などで心理学者として主にヒューマン・ファクター(人的要因)について研究をしてきた人です。つまり、福知山線の脱線事故の関係者であるということです。
この本においても、「法律や規則を守る利益」を大きくし、「法律や規則を守らない不利益」を大きくすれば、事故が減ると述べています(p202)。アメは甘いほど良く、ムチは痛いほど良いということです。規則を守らない運転士には、罰として日勤教育を受けさせて、なるべく嫌な思いをさせた方が良いということです。
運転士は、安全を唯一絶対の価値基準とするのではなく、そういう恥ずかしい罰を受けないことを優先させる可能性があります。事故を起こした運転士は、直前のミスを車掌が上司に報告するかどうかを気にして、カーブでもスピードを落とさなかった可能性があります。この事故により、100名を超える人が亡くなりました。
この本は、この事件には触れられていません。教訓として説明するつもりは無いということです。当事者として、特に反省をしていないということでしょう。「働く者は、馬鹿で怠け者だから、アメとムチで、厳しく管理する」という安全管理は、誤りです。それが、従来の日本の事故研究の中身です。近代的な安全管理は、そのようなものではありません。ただし、著者自身も「職業的自尊心を守る」という形で、方向性を述べています(p207)。職業的自尊心を守る具体的な手順の説明が望まれます。また、職業的自尊心を守ること以外にも、すべきことはあるでしょう。(目標、使命、自己評価、自己責任、情報提供、簡略化など)。
(2)タバコに関する記述にも大いに問題があります。以下の様な記述は、タバコ会社が行う表現と同じです。
・「愛煙家」
・「愛煙家」
(タバコを吸う人。タバコ病患者。ニコチン中毒患者)
・「タバコはストレスの解消に役立つ」
(役に立たない。その時の禁断症状が消えるだけ)
・「タバコは、肺がんのいくつかある原因のうちの一つである」
(原因の大半を占める)
・「タバコにはメリットがあるので、リスクを取るのである」
(メリットは無い。依存性によりやめられないだけ。リスクが大きすぎる)
・「タバコはストレスの解消に役立つ」
(役に立たない。その時の禁断症状が消えるだけ)
・「タバコは、肺がんのいくつかある原因のうちの一つである」
(原因の大半を占める)
・「タバコにはメリットがあるので、リスクを取るのである」
(メリットは無い。依存性によりやめられないだけ。リスクが大きすぎる)
麻薬に匹敵するタバコの依存性については書かれていません。
フィルターや空気穴は、「安全対策」ではありません。タバコ会社は、当初から安全対策としては役に立たないことを知っています。喫煙モニターを使って、低タールや低ニコチンのタバコへ以降した後の、ニコチンなど物質の血中濃度を調べれば、容易に分かることです。
フィルターや空気穴は、「安全対策」ではありません。タバコ会社は、当初から安全対策としては役に立たないことを知っています。喫煙モニターを使って、低タールや低ニコチンのタバコへ以降した後の、ニコチンなど物質の血中濃度を調べれば、容易に分かることです。
実際、タバコ会社は、「安全対策」だとは言っていません。例えば、スティーブ・マックインは、フィルター付きタバコを宣伝していますが、「Thinking man's filter」(頭を使う男のフィルター)のように言っているだけです。タバコ会社は、フィルターは、安全対策ではなく、販売対策であると述べています。タバコを吸う人が、安全対策であると誤解して喫煙を続けるように、宣伝を行っているということです。騙しているだけです。
タバコによる死者は、がんだけでも毎年10万人もあります。現状では、最大のリスク要因です。著者は、これを軽く扱っています。著者は、リスク・ハザードによる死者を、本気で減らそうとは思っていないように見えます。リスク研究の話題を集めているだけのように見えます。
タバコ会社と心理学は、深い関係があります。タバコ販売のマーケッティングは、社会心理学的な手法を使います。どのようなCMが効果的かとか、それをどのように測定・評価するかということについて、心理学が貢献しています。ニコチンの量やタールの量を測定するのは化学ですが、その心理的効果を測定するのは、心理学です。人の命を助けるための学問ではなく、タバコを多く売るための学問として使われています。
タバコの問題を扱う際に、タバコ会社の用語や考えを採用して書くのも当然と言えるでしょう。著者は、タバコの問題を担うつもりは毛頭無いのだろうと思います。
(3)対策について
この本では、対策について述べている部分は、多くありません。例えば、交通事故の対策として、著者が挙げているのは、主に工学的な対策です。
・免許証を差し込まないと動かない車(本人確認をする車)
・運転手の呼気を検査して、アルコールを飲んでいないことを証明しないと動かない車
この本では、対策について述べている部分は、多くありません。例えば、交通事故の対策として、著者が挙げているのは、主に工学的な対策です。
・免許証を差し込まないと動かない車(本人確認をする車)
・運転手の呼気を検査して、アルコールを飲んでいないことを証明しないと動かない車
そうした工学的な事故対策は、もし可能で、あまり高価でないのなら、したほうが良いでしょう。しかし、それは守備範囲の問題としては、工学畑の人が考えるべきことです。著者は、心理学でヒューマン・ファクター(人的要因)について、研究しているのですから、その方面の対策を先ず述べるべきでしょう。無いなら無いと言うべきです。
なお、「効果がある対策」であっても、採用されるとは限りません。安全対策を行うにはお金かかかります。お金があれば、信号機をつけたり道路を明るくしたりして事故を減らすことができます。事故予防に、無限に多くのお金をつぎ込むことはできません。限られた予算を、どこに配分するかという問題です。
(4)日本の事故研究は、事故の原因は、運転手(働く者)の違反・怠慢・エラーであるという前提に立っています。事故原因は100%、車の運転手にあるとされており、環境的要因は、不問にされています。交通事故についても同様で、道路や自動車は、不問にされています。現実には、危険な道路はあり、また事故を起こしやすい車はあります。
(4)日本の事故研究は、事故の原因は、運転手(働く者)の違反・怠慢・エラーであるという前提に立っています。事故原因は100%、車の運転手にあるとされており、環境的要因は、不問にされています。交通事故についても同様で、道路や自動車は、不問にされています。現実には、危険な道路はあり、また事故を起こしやすい車はあります。
日本では、事故記録は、事故の研究者に公開されていません。危険な車(走行距離あたりで事故の多い車)も、公表されていません。明らかになると差し障りがあるからです。私の卒論は「交通事故の疫学」という題でした。修論は、危険認知についての心理学的な実験を行いました。日本では、事故記録が、研究者に公開されていないので、充分な研究はできないと思いました。
心理学の研究者は、大企業や役所の管理者の利益のために、事故の原因は、全て運転者のミスであると決め付けている疑いがあります。そうであれば、大企業や役所は、事故のコストから逃れられることができます。事故を起こしても、100%が運転者の落ち度が原因であるのなら、事故の損害は、運転者が全て支払うべきだということになります。道路交通法も「妨げてはならない」のように書いてあり、運転手は、対向車のありとあらゆる状況を予測して事故を回避する義務があるとされているのです。つまり、事故が起きた時には、100%の責任を負うことが明記されているのです。
私たちを助けてくれる心理学ではなく、私たちを罪に落とし入れ、私たちを依存症にし、私たちのお金を奪ってゆく心理学です。