英語で話すヒント」(岩波新書、小松達也先生著)を読みました。小松先生は、東京外語大の英米学科を卒業され、現在は通訳、大学教授をしておられます。この本において、文献の引用も適切です。

小松先生は、欧米の研究を踏まえて、次のように主張しておられます。
・一般の英語の本を辞書に頼らずに読むためには、最低3000語を知っていることが必要である
・3000語の習得には、意図的な学習が必要である
・英語の本を辞書なしで読むのは、大学生になってから可能になる
・(その後の)意図的な学習は、語彙学習の25%以上を占めるべきでない

つまり中級者の外国語学習においては「意図的でない学習が、75%以上も必要である」と主張しておられます。これは大変なことです。しかし、思い当たるふしもあります。

我々が、小学校で日本語を習得する様子を思い出してみます。小学校の1年の頃は、ひらがなで、「さいた、さいた、さくらがさいた」のような調子です。しかし、国語の教科書を使って6年間学ぶと、やさしい論説文が読めるようになります。小学校の6年生は、知っている言葉の全てを、国語の教科書から学んだわけではありません。他の教科の授業や、クラスメートとの会話や、親との会話などを通じて、非意図的に学んだ言葉も多くあったはずです。小松先生の主張は、外国語の学習に関するものであり、母国語の習得に関するものではありませんが、共通する部分もあるであろうと私は考えます。

言葉を習得するには、意図的な学習と、非意図的な学習の両方が必要だったのです。英語学習における意図的学習とは、英文を精読したり単語を暗記したりすることで、学校の授業でやっているようなことです。非意図的な学習とは、辞書なしで英文を読んだり、英語の映画を見たり、英語ニュースを聞いたりすることです。

私は、中学生の時に、電車に乗っていた外人に話しかけ、「日本のどこに行きましたか」Where have you been in Japan? と尋ねました。その外人は「 All over 」と答えました。初めて聞く熟語ですが、意味は分かりました。「至る所」という意味です。そして、それを一回聞いただけで、意味や使用法を憶えました。これは非意図的な学習です。映画を見ていても、こうして、体験を通じて言葉を憶えることが可能です。

私は、頻度順で並べられた単語だけを憶えるような学習法を半年ほど続けたことがありますが、効果はほとんどありませんでした。意図的学習だけでは、うまく行きません。しかし、英語の映画を見たり、英語のニュースを聞いたりしていると、憶えようとしている言葉が、けっこう出てくるのが分かります。

非意図的な学習は、他の教科においても可能であると思います。理科においても、教科書に関連した科学の本を読むなどして、非意図的な学習をすることが可能です。数学では、教科書と参考書の意図的学習が中心になるので、非意図的学習はかなり困難です。社会の地理や歴史でも可能ですが、時間がかかりすぎるので、私はほとんど行いませんでした。

医学部における医学知識の学習では、学ぶべきことが非常に多く、教科書と参考書だけで手一杯であり、偶発的学習をする余地はあまり多くありません。

ところで、学校における英語の意図的学習は、そんなに楽しくありません。どちらかと言えば、義務を果たしている感じです。あるいは、修行をしている感じです。

小松先生は、「(英語の学習は)楽しいことが必要である」と述べておられます。野口教授も同様に述べておられます。非意図的学習にも時間がかかりますから、楽しくないと続きません。学校では、非意図的学習が、あまり行なわれていないので、何か楽しいことを自分で見つけて、継続させて行う必要があります。

小学生の時に学校の図書室で「なぜなに理科マンガ」という本を見つけて読みました。また、アシモフ、ガモフの両者の本を読んで、片方は分かりやすいが、片方は分かりにくいという感想を持ちました。図書室で本を読んだのは、楽しかったからです。いろいろな自然現象が分かりやすく解説されており、私の世界が広がりました。

中学の頃には、夕食の時に、テレビ英語会話を見ていました。当時は平日に放送が毎日ありました。米国の風俗や習慣が分かるので楽しい時間でした。また、学校の図書室で理科の関連の本を見つけて読んでいました。ラジオの入門の本を読んで、わくわくしていました。今後、科学技術の進展により、どんなにすばらしい未来が開けるのだろうかと思いました。また学校の図書室で、国語の関連の論説文を読んでいました。「こうすべきだ」というような倫理観や行動指針を習得しました。昼休みの20分~30分と、バスの待ち時間の15分くらいが私の読書時間でした。

高校では、学校の図書室と、名古屋市の図書館を利用していました。平日は、毎日午後3時に授業が終わると、すぐに近くの図書館に行って、午後6時の閉館までそこにいました。1時間は学校の勉強を行い、1時間は寝て、残りの1時間が読書の時間でした。理科の関連の本や、国語の関連の本を読みました。また毎日、3冊くらい本を借りてきて、下宿で40分ほどかけて写真だけ見て、翌日返却しました。宇宙の話、地球の話、化学の話、生物の話など、美しい写真の多い本は、いくらでもあります。聡明な研究者の感覚を自分にコピーする感じです。

私は、空いた時間の一部をこういう楽しい非意図的学習に使いました。あまり多くの時間ではありません。そのおかげで、中学高校時代を、うまく乗り切れたと思っています。

私は今、英語学習で壁に当たっていますが、非意図的学習を増やしてみようと思っています。今は、内容が分かっている映画のスクリプトを読んでいます。。また、今は意図的学習も少なすぎるので、それも同時に増やしていこうと思っています。

参考文献
(1)意図的語彙学習のための方法と教材
(2)語彙習得理論を“現場目線”で活かす
(3)どちらが効果的? 2種類の英単語学習法
(4)Incidental Learning in Second Language Acquisition
      「どちらの学習法にせよ、使わなければ失われる Use it or lose it 」と述べています。