日本の小児科医は、親の離婚問題を扱っていません。離婚が子どもに及ぼす影響を、把握していません。予防策も行っていません。
 
日本の小児科の教科書については、以下のようです。離婚については、ほとんど言及していません。
 
(1)小児科学(第3版)、大関ら著、2008年
   第23章、精神疾患、心身医学的問題
   ・心理社会的および環境的問題の項目を列挙した表があり(p1688)、その項目の
    中に「離婚」が挙げられています。それだけで、説明はありません。
   ・小児心身症においてアセスメントを必要とする心理社会的因子の表があり
    (p1731)、その中に「家族構成」、「夫婦不和」があります。
 
   そのほかは、特に離婚についての言及は見当たりません。索引にもありません。
 
(2)小児科学(改訂第10版)、五十嵐ら著、2011年
   42章、発達障害と行動小児科学
   43章、思春期の子どもの医療
   離婚についての言及は、特に見当たりません。索引にもありません。


医学雑誌についても以下のようです。離婚への言及はほとんど見当たりません。しかし、事例報告では、親が離婚した子どもの症例が時々出てきます。
 
(1)小児科診療、2011年1月号、特集「不定愁訴の子どもを見るために」
「親の離婚」というような記載は見当たりませんでした。記載の主な内容は、不定愁訴があるときに、器質的な疾患(身体的な疾患)を見逃さないということと、ストレスに由来するとされる疾患の診断基準と治療です。
 
(2)小児科診療、2011年10月号、特集「見逃さない!日常診療の中にあることもの虐待・ネグレクト」
この特集の中で、法医学者の自験例が述べられていました(p1533)。いずれも虐待による死亡例です。
症例①、子どもは2歳。離婚後に母親は内縁の夫と同居する。
症例②、子どもは2歳。夫と別居して母子家庭となる。
 
(3)小児科診療、2010年1月号、特集「小児科医が知っておくべき思春期の心」
自殺未遂の症例が報告されています(p89)。「13歳の女の子で、両親が離婚し、母親と二人で暮らしていたが、母親は生活のために忙しく働いていた。鎮痛剤を多量に服用して自殺未遂を起こした。学校の教師が、本人の絶望感に気づき、精神科受診を勧めた。本人は、離婚の原因は全て自分にあると思い込み、抑うつ症状を呈していた」。
 
日本では、「離婚の原因は子どもでないことを、子どもに説明すること」は、ほとんど行われていません。子どもは一人で苦しんでいます。

(4)小児科、51巻2号、2010年、p185「児童虐待の予防」
ハイリスク親子の表があって、その中に「未婚」の文字があるだけで、「離婚」の文字は見当たりませんでした。
 
(5)小児科、47巻1号、2006年、p113「不定愁訴の多い子どもと出会ったとき」
離婚についての言及は見当たりませんでしたが、具体例の紹介がありました。
症例(1)、主訴は腹痛。7歳。両親は2歳の時に離婚。母親と母方祖父母と同居。
症例(2)、主訴は腹痛、頭痛、めまい。14歳。両親が5歳の時に離婚。以後は母子家庭。

(6)小児科、46巻11号、2005年、特集「乳幼児への育児のポイント」

同書、p1709、「いろいろな子育てスタイルへのアドバイス」
この文章の中で、前川喜平先生は、「子どもが育つには、母性的な人、父性的な人の両方の人物が必要である」と述べておられます。

母性的な人とは、「乳幼児から小学校低学年の子が育つのに必要なもので、子どもがどうであろうと認め、包み込んで育てる、子どもが頼れる、どんな時にも味方になってくれる人物」であると述べられています。

また父性的な人は、主に思春期以降に必要で、「子どもを厳しく批判し、親離れを促進するのが父性的な人物の役割である。子どもが社会に通用する大人になるかを厳しく育てる役割である」と述べられています。

そして、「片親家庭では、一方の役割を年齢に応じて演じるか、別の人物に代行させてもよい」と述べられています。

これは「厳父慈母」を説明されたのだろうと思います。前川先生は、小児の発達についての最高権威です。

1960年代以後の研究により明らかにされたことは、子どもが小さい時から、父親は、子どもの発達に重要な役割を果たしているということです(Wikipedia 「父親の役割」を参照)。そして、親が離婚しても、父親と母親が子どもに充分に関与すれば、子どもの発達はうまく行くということです。子どもの権利条約には、親が別居しても恒常的な関係を保つように書かれています。「親が離婚した場合には、同居親は、子どもの年齢によって一人二役をするように」とは書かれていません。

また、日本を含む東アジアにおいても、厳父慈母の役割分担は、次第に不明瞭になっています(The Role of the Father in Child Developement, p378)。子どもの自立を促すのは、今も相変わらず父親の比重が大きいでしょうが、昔のような「子どもを厳しく批判し、厳しく育てる父親」は、もうあまりいないと思います。
 
(7)同書、p1713、育児とその役割分担
これによれば、父親の第一の役割は「母親が母親としての育児の役割を十分果たしうるよう良好な夫婦関係を持つことにある」のだそうで、父親の役割とは、「妻の相談相手、精神的な支援・援助をする」、「母親とは別に家事・育児を果たす」ことなどだそうです。

父親の役割は、母親の育児の邪魔をしないことだと考えておられるのかもしれません。ガラパゴスの研究です。父親は、子どもの発達にもっと重要な役割を果たしています。
 

私は、神戸大学小児科において数年間勉強をさせて頂きましたが、研究会などにおいて、親の離婚が話題になったことはありませんでした。ある先輩が同門誌にご自身の離婚の顛末を書いておられたぐらいです。
 
また私は、浜松医大の小児科において数年間勉強をさせて頂きました。親の離婚が話題になったことが一度だけありました。子どもの癌を治療しておられた先生は、次のように言っておられました。「子どもが生きている間は、夫婦は、一致団結して病気と闘うが、子どもが死亡すると、その後、半数くらいは離婚する。それで、そのためのケアが必要である」。どのようなケアをされているかは、聞きませんでした。

この他、厚生労働省の「健やか親子21」にも、親が離婚した子どもへの対策は見当たりません。