著者の主張は、「ヒトは、交通に関する主観的なリスクを一定にするように行動している」ということです。つまり、「交通環境を多少安全なものにしても、ドラーバーはそのことを踏まえて危険な行動を増やすので、事故件数は、あまり変わらない」というようなことです。例えば、「危険なカーブを安全なものに改善したとしても、ドラーバーはスピードを上げて通過したり、走行距離を増やしたりするので、全体としての事故件数は、あまり減少しない」というような主張です。単なる思弁ではなく、著者は多くの客観的な証拠を挙げて、主張を展開しています。
著者の主張に対しては、否定的な評価もあるようです。この本に対する私の感想は「まあ、一理あるかな」という程度です。安全対策がうまく機能しない場合も確かにあるでしょう。
訳者によれば、著者の考えは次のようです(p290)。「人間はリスクを最適化するよう行動する。最適なリスクとは、行動に成功した時に得られる利益と、失敗して事故を起こしたときに失われる損失がバランスするポイントである。このポイントが人々のリスク目標水準となる」。そして、事故を減らすには、個々の安全対策だけでは不充分で、このリスク目標水準を下げる必要があるというのです。
Slovicによれば、ヒトの主観的なリスク評価は、非常に誤差の大きいものです。例えば交通事故のリスクは大きく、病気のリスクは小さく評価されます。
飛行機の着陸時を考えると、高さに対するヒトの恐怖心は強いが、速さに対する恐怖心は弱いことがわかります。また、誰でも自分だけは不死身であるような気がします。また、リスクの真の値は、専門家が事後的に多数の事例を統計的に観察して推定して得られるものであって、神でなければ一個人が容易に把握できるようなものではありません。実際、ヒトがリスクの評価を誤る事例はいくらでもあります。
しかし、誤差がいくら大きくても、ヒトが幾分でもリスクの最適化を行っている可能性はあると思われます。
そして、著者によれば、人々がリスク目標水準を下げるのは、将来に期待の持てる暖かい環境において可能であるとのことです。このような著者の主張は、確かに一理あると思われます。
訳者は、立教大の芳賀繁教授です。同教授は、ヒューマン・エラーの研究をしておられます。同教授の文章は、同大の研究室のホームページ上で、いくつかを読むことができます。
(1)交通事故防止の心理学
(2)失敗の心理学
(1)交通事故防止の心理学
(2)失敗の心理学
ヒューマン・エラーを減らすことは、交通問題に限らず、医療でも重要なことです。同教授がお書きになった文章には、事故を減らす上で役に立つことが、多く書かれています。私もかつて心理学を勉強したことがありましたが、それはそうした研究や情報提供を通じて、事故の減少に少しでも貢献したいと思ったからでした。芳賀教授は、私の夢を実現しておられる人です。