人間 この信じやすきもの」は、勝間氏が推奨する本の一つです。

人間のする誤った判断を類型化して、それが発生する要因、それが持続する仕組みを実証的に説明しています。勝間氏のおられた証券業界は、罫線分析とか「まだは、もうなり」などの迷信的なことが多くあります。ファイナンス理論の結論は「市場が効率的なら、すべての情報はすでに株価に織り込まれているので、先の株価の予測は全くできない」ということです。この結論を受け入れている人は、まだそんなに多くないと思われます。もちろん、勝間氏自身は、迷信を排除し科学を信頼する態度を堅固に持っておられます。

この本を3時間かけて読みました。じっくり読むと1日以上かかるので、読み飛ばしています。

この本は、心理学の本です。心理学を学んだことがある人なら、この本の内容について、いくつか思い当たることを挙げることができます。

(1)例えば、ハトの迷信行動です。1秒に1回乱数表を引いて、0が2回続けて出たら、ハトに豆を1つやることにします、平均すれば100秒に1回、豆をやることなります。このとき、ハトは不可解な行動をすることがあります。何かをした時に偶然エサをもらうと、ハトはそれを繰り返して行うのです。ハトは、それをしたらエサがもらえると誤解しているのです。

(2)因果関係の知覚が歪むこともあります。例えば、重病人を毎日見舞う時、たまたまある日は普段と違った服を着て行って、その日に重病人が亡くなると、違った服を着たことが死亡の原因であると思い込むことがあります。重病であったことは考慮されず、最後のわずかなきっかけが重要視されます。

(3)ロンドンの天文台で、ある星を望遠鏡で眺めて、南中する時刻を測定する仕事をしていた人がいましたが、測定の誤差が1秒になって解雇されました。真面目な人でも、系統的誤差がこのように大きくなることがあるのでした。

(4)小さい子どもは、アニメの主人公の絵が付いた品物を欲しがります。テレビのCMでは、好感度の高い俳優が起用されます。イメージ選挙が行われます。商品の宣伝では、最も効果があるような内容、頻度で宣伝が行われます。そしてその商品を買うという行動が行われます。

タバコ産業やお酒会社は、企業として効率的に販売活動をしています。科学の成果を応用しています。医者が一人で禁酒・禁煙を患者さんに訴えても、なかなか効果が出ません。正直だけを武器として「癌になりますよ」などと恐怖に訴えても、情報を受け取ること自体を拒否されてしまいます。

「どうして日本では子どもの権利が守られないのだろうか」と一人で怒ってみても、多くの人には、この本が説明するような判断の誤りが、無数に起きているのです。

むしろ、私のほうが特殊な人間なのだろうと思い至りました。医学のトレーニングを受けていますが、医学のトレーニングは、科学的な考え方のトレーニングでもあります。

①結核の教科書を見ると、結核の民間療法についての記述があります。ありとあらゆるインチキなものが薬として飲まれています。爬虫類を食べれば少しは栄養分もあるでしょうが、調理法を誤れば寄生虫などに悩まされることになるでしょう。

②医学の歴史自体が、思い込みの歴史です。下痢の時に水を飲むと、下痢は悪化するように見えるので、水を飲んではいけないと禁止されていた時代がありました。未開の地では下痢による脱水で多くの人が死亡します。砂糖と食塩を混ぜたスポーツ飲料を飲ませると、水分は体に吸収されて、脱水は直ります。昔のような水分摂取の禁止は、脱水を悪化させていたであろうと思われます。

③私は、予防医学を30年くらい勉強してきました。その結果、WHOなどの国際機関や、CDCなどの欧米の政府機関は信頼できるという確信を持つようになりました。疾患の原因や対策について、科学的な調査・研究を踏まえて、いち早く情報提供を行ってくれます。そして警告や勧奨を行ってくれます。例えば、サリドマイド、エイズ(血液製剤)、虫歯の予防、水銀対策、ダイオキシン対策などにおいても、正しい情報を提供してくれています。

④日本の各職業集団は、予防の観点から正しい情報提供を行うことをしておらず、近視眼的に自分達の利益を増やすことだけしていることが多くあります。お客を減らすようなことは、していないということです。また、日本の公害裁判や薬害裁判は、患者・被害者側の勝訴に終わっています。企業は、相手のことをあまり考えていないということです。

⑤私は、疫学の勉強をしていました。これは統計学を応用するものです。田中良久先生の「心理学的測定法」という本は、必読書でした。私は学生時代に、吉田正昭先生の心理統計学を受講したことがあります。受講生は、私と教育心理学科の学生の計2人だけでした。全学で誰でも受講できる講義でしたが、心理学科の学生は見当たりませんでした。心理学科の学生は、たいてい恋愛のような対人関係に興味があって、科学的な技法にはあまり興味を持っていないようなのです。私のような部外者が、公務員試験や家裁調査官補試験(いずれも心理学)に通ってしまう理由は、そこにあります。文学部の学生が、尺度構成法(応用統計学)を勉強するのは、ちょっと大変です。

⑥私は、疫学の他にも、予防医学、心理学、小児科学を勉強してきました。それで、一般の人よりも、それらを良く知っています。それで、ある関西の財界の大物が書いた本を読んで「こうすれば夜尿症が治る」などと書いてあれば、「そんなことでは治らない」と判断できます。少なくとも、その大物は「友人の子どもは、これにより夜尿症が治った」などと言うべきです。また勝間氏の健康法は概ね正しいので、勝間氏の情報収集法は正しいであろうと見当がつきます。

科学的判断について、私は特別に恵まれた位置にいますが、一般の人は必ずしもそうではありません。私は、これまでの30年以上の経験によりユニセフを信頼しています。それで、子どもの権利についても正しい判断が出来るのですが、一般の人は必ずしもそうではなく、この本が詳細に述べるような判断の誤りに陥っており、それを踏まえて対応をする必要があるということです。

この本の構成は次のようです。点線の右は、私が付け加えたことです。

第1部 誤りの認知的要因
 (1)何もないところに何かを見る ‥‥‥ハトの迷信行動など。
 (2)わずかなことから全てを決める‥‥全ての外人が悪人だと思い込むことなど。
 (3)思い込みでものごとを見る‥‥‥‥南中時刻のずれなど。

第2部 誤りの動機的要因、社会的要因
 (1)欲しいものが見えてしまう‥‥‥‥自分の都合の良いように解釈するなど。
 (2)噂を信じる ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥噂の発信源には問題がある。
 (3)みんなも賛成してくれている?‥‥他人からの影響にも問題がある。  

第3部 いろいろな誤りの実例
第4部 誤りをしないための処方箋‥‥‥①科学教育を受けること
                     ‥‥‥②誤りが発生する仕組みを知ること