黒木登志夫先生の著書「健康・老化・寿命」(中公新書)を読みました。黒木先生が一般向けにお書きになった本は、分かりやすく正確なので、次を待ち望んで読んでいます。文章も洗練されていて簡潔で、内容が豊富です。情報源として価値があります。文章の書き方のお手本です。
この本にも初耳の話が多くあります。女性において、父親由来のX染色体と、母親由来のX染色体がモザイクになっていることは知りませんでした。片方が失活することは聞いていましたが、言われてみると、確かにモザイクになっていなければ不合理です。
またネット上の写真をURL付きで引用しておられます。正しい引用の仕方であり、著作権の対応についてもお手本になります。
またネット上の写真をURL付きで引用しておられます。正しい引用の仕方であり、著作権の対応についてもお手本になります。
日本の医療の現状に対して批判的な文章も少しあります。黒木先生の御指摘は正しいと思っています。
この本は、医学史上の出来事を紹介しています。医学の歴史が鳥瞰できます。一般の人にも興味深く読めるであろうと思います。
人間ではなく実験動物を対象にして、発癌物質や遺伝子の研究をしても、原動力はヒューマニズムであることが、この本から伝わってきます。他の優秀な研究者とも、ヒューマニズムを通じて協力関係が築いておられることが分かります。
私の感想は次の4点です。
第1点目はがんの遺伝についてです。次のような文章があります。
「がんは、遺伝子の病気であることが、確かになった。しかし遺伝する病気ではない」。「がんは、生殖細胞ではなく、からだを構成する細胞(体細胞)の遺伝子が変異を重ねたことによる病気である。したがって、がん細胞に生じた遺伝子の変異は遺伝しようがないのだ」。
第1点目はがんの遺伝についてです。次のような文章があります。
「がんは、遺伝子の病気であることが、確かになった。しかし遺伝する病気ではない」。「がんは、生殖細胞ではなく、からだを構成する細胞(体細胞)の遺伝子が変異を重ねたことによる病気である。したがって、がん細胞に生じた遺伝子の変異は遺伝しようがないのだ」。
体細胞の遺伝子が変異するのですから、同じような打撃が生殖細胞のDNAに加えられれば、生殖細胞の遺伝子も変異するのであろうと思います。そして、それは当然遺伝してゆくであろうと思います。人の命を奪う末期的な状態としての「がん」は、遺伝しないでしょうが、原因となる遺伝子の変異は、遺伝するであろうと思います。壊れたものが偶然に治ることは稀なので、遺伝子の変異は次第に蓄積するであろうと思います。生殖細胞を守る必要があります。
黒木先生が「がんになりやすさの遺伝」と言っておられる内容です。
がんの遺伝子診断をしている所もあります。遺伝子診断により、がんになりやすさをを判断しています。家族性腫瘍研究会という組織もあります。患者さんが小児であれば、可能な限り放射線被爆を減らすような努力をしています。
「遺伝か環境か」の問題は、「遺伝も環境も」ということで私は理解していました。しかし、そんな一般的な理解では不充分であり、この問題を考えるには、DANの上の遺伝子が複製されるという事実を大前提にしなければならないことが、この本を読んで分かりました。
また、「DNAの損傷が積み重なってがんになる」という理解も、誤りではないとしても一般的すぎる理解かもしれません。199ページの図によれば、例えば大腸がんでは、もっと具体的に、APCがん抑制遺伝子が不活化し、ラスがん遺伝子が活性化し、p53がん抑制遺伝子が不活化して、進行がんになるのです。3つの遺伝子突然変異を通して大腸がんになるということです。そうだとすれば、大腸がんに遺伝傾向があるかどうかは、これらの遺伝子突然変異が、生殖細胞にも起きて、しかも卵子または精子を通じて、それが子どもに伝えられるかどうかということです。また、伝えられたとして、子どもでの表現形がどうなるかということです。大腸がんの遺伝性を問題にするのであれば、それらの点を問題にしなければならないということです。
ところで、遺伝子の変異は、いつ起きるのかという問題があります。発がん物質が作用すれば、いつでも変異は起きるのでしょうが、起きやすい時間があると思います。例えば、DNAの複製を作るときです。すなわち細胞分裂をするときです。細胞分裂は、胎児から子どもにかけて多く行われます。子ども時代は、遺伝子の変異を受けやすい時期です。
小児では、体細胞の遺伝子を守る必要があるのに加えて、生殖細胞の遺伝子も守る必要があります。子どもの体は傷つきやすいのです。
第2点目はピロリ菌についてです。ピロリ菌がいた方が逆流性食道炎が減ると書かれていましたが、私は初耳でした。勉強しておきます。
第3点目はがんの予防についてです。この本において、黒木先生は、がんの一次予防、がんの二次予防を呼びかけておられます。
日本ではがんの一次予防(発生を減らすこと)は、あまりうまく行っていません。喫煙率は高く、食塩摂取量も多いです。また二次予防(早期発見早期治療すること)にも問題があります。子宮がん検診の受診率は日本では10%ほどです。最近まで視診と触診だけの乳がん検診が行われていました。
岐阜大学は学生にタバコを吸わないように呼びかけています。薬物依存症に対してイエローカードを用いて対応しておられます。
かつて、新聞で近藤講師の「がんもどき」が話題になったことがありました。「がんもどき」というものは、あるのでしょうか。ある新聞紙上で黒木先生は「がんもどきはおでん屋にある」と述べておられました。黒木先生は、自分で早期発見早期治療を実践することで、二次予防の有効性を人々に広く証明しておられます。かつて、日本のがんの研究者はがんで早死にするというジンクスがありました。発がん物質を扱う立場にあって、医者の不養生ということもあったのだろうと思います。
かつて、新聞で近藤講師の「がんもどき」が話題になったことがありました。「がんもどき」というものは、あるのでしょうか。ある新聞紙上で黒木先生は「がんもどきはおでん屋にある」と述べておられました。黒木先生は、自分で早期発見早期治療を実践することで、二次予防の有効性を人々に広く証明しておられます。かつて、日本のがんの研究者はがんで早死にするというジンクスがありました。発がん物質を扱う立場にあって、医者の不養生ということもあったのだろうと思います。
第4点目は治療についてです。この本では、文学作品における患者さんの苦痛についても取り上げられています。これは、患者さんに対するコミュニケーションとして有効であると思われます。
糖尿病などの慢性疾患の患者さんには、コントロールの良い人と悪い人がいます。治療の効果が上がる人と上がらない人です。コントロールの悪い人では、現在の苦痛が大きくないので、真剣な服薬が行われません。病気の恐ろしさが、ピンときていません。そういう場合に、恐ろしいことが起きると脅かしても、来院自体を嫌がることになります。
この本のような病気の苦痛の説明も、慢性疾患を効果的に治療する上で、必要な情報提供の一つであろうと思いました。
渡邊昌先生の本に対する言及もありました。