台風が近付いているからだろうか、去年のようにキャンプで賑わうこともなく、ただひたすら暗闇の中を行く。当然ながら人通りも無く、車の往来も少ない。嵐の前の静けさだろうか、まだ宵の口だというのに真夜中かと思うような錯覚に囚われる。
(誰かと話がしたい。)
ふと、携帯電話に手を伸ばし、相方へ電話をかける。この時ほどタッチパネル対応に改造したデビルフィンガーが役に立った時はない。ただしデビルはガラケーですが何か?
「もしもし、俺だけど」
「もしもし、ちょっと大丈夫?山道で崖から落ちたりしてんじゃないかと思って心配してたんだよ!」
「ああ、ごめんよ。大丈夫だよ。」
「お姉ちゃんなんか、父ちゃんが落ちちゃって死んじゃってんじゃないかって泣いてんの」
「そうか、それはすまなかったね。」
「まだ途中なんでしょ。やめろって言ってもやめないんだろうけど、台風が来て凄いことになってるよ。」
「秩父の街中に行ったらエイドがあるから、そこでリタイヤするよ。心配かけてすまなかったね…。」
レース途中で家族に電話したのも、リタイヤを自ら決めたのもこれが初めて。
デビルは最早ヒーローズでもなんでもない。変な格好をしたただの弱い一般ランナーなのだ。まだ諦めずに頑張っている人が沢山いるというのに、まさかこんなに早くリタイヤを決めるとは…。
とりあえず第5CPで待っているであろうしーちゃんに会うことだけを目指して暗闇を行く。それがとんでもない間違いであることなどこの時のデビルには知る由もないのであった…。
【続く】

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