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限界点

こんにちは!



大阿闍梨という言葉をご存知でしょうか?

千日回峰行という我々の想像を遥かに越えた修行をされその他にも数々の難行を達成された方に与えられた称号だそうです!



誰しもがなれるものではなく、今までにもほんの一握りの方しかなることができないものなのです。

それを達成された方の1人に塩沼亮潤さんという方がおられます。

この方はまさに先に述べたことを達成された方で生死を彷徨う行を乗り越えられたとてつもない方なのです。



実際に私自身詳しいわけではないですが、千日回峰行というがどのようなものなのかいろんなメディアで目にしました。見ているだけでゾッとするようなことがたくさんあり、これを乗り切れる人は確かになかなかいないだろうな!と思うほどでした。


その千日回峰行では途中で止めることは許されず、辞める時は即ち死を意味するのだそうです。その覚悟として短刀を腰に据えてもしもの時はそれで覚悟を決めるというこの現代でそのようなことがあるんだということに驚かされました!



それほど人としての限界を彷徨う方の言葉には重みと覚悟、修羅場を超えたからこそ出てくるオーラを感じることができます。


その中で、限界点を日々少しずつでも押し上げていく、限界点まで行かずに甘んじていると限界点を押し上げることはできないというようなことを仰っていました。

まさにその通りだなと思いました。


人は常に限界を求め続けると疲弊し、体も動かないような状況になると思います。特にスポーツにおいて、限界点を毎日押し上げていくとなるとその負荷は凄まじく故障の原因にも繋がってしまいます。

それでも限界点を押し上げていくにはその限界点スレスレを行かなければ変わらないのだと前の言葉から感じ取れました。


私自身、1人の人間として弱さが滲み出ているのを日々感じます。それに打ちのめされ、限界点すらもハッキリと捉えることができていないような状況になっております。

そんな時に塩沼さんのインタビューの動画を見た時にハッとさせられました。以前も同じような動画を見てハッとさせられたのですが年月が経つとその気持ちがどこか薄れてしまい邪念ばかりが自分の中に出てきてしまうのです(笑)



シンプルな話、スポーツに当てはめると自己ベストが単純なら限界点ではないですが限界点と設定するとします。するとそこにトライしていくのが当たり前の姿です。しかし、なかなかその限界点を押し上げることができず自己ベストが停滞している選手は僕を含め多くいるかと思いますが、そこには自己ベストが出ない要因が必ずあるのだと思います。条件がどうだということではなく、自己ベスト出る時は条件関係なしに出るものです。それを条件のせいにしている段階で自分の限界点を見ていないのだと思いました。

ちゃんと振り返るのであれば自分の限界点について振り返れば良いのですが条件等を引き合いに出すとどうしても平等な比較ではなく逃げ道を作りやすくなってしまうように感じます。


だからこそ自分の限界点にトライし、それを超えることができなければまた限界点にトライし続けるのです。もちろん闇雲に進んだもの露頭に迷うだけなので、そこを見直して力が発揮できる状態を自分で作っておくのです。



限界点を少しずつ押し上げていくことは容易ではないですが、小さい変化でも押し上げていくことは可能であると強く言われているように私は感じました。

人間の力なんて科学では解明できない部分がほとんどですし、わからないことだらけです。これは解明するのは無理だろうと思います。

だからこそ自分にそれを当てはめて限界点を押し上げていく難行を日々していかなければならないのです。


難行という表現が適切ではないかもしれませんが、やはり自己ベストが更新できない期間というのは精神的にもこたえますし肉体的にもしんどくなることがあり苦行に近い時もあります。しかしそれを達成した時の充実感、報われた感は半端なものではありません。

だからこそ日々限界点を超えていきたいものですね🙇‍♂️