昨日は色々と思うことがありすぎて逆に何も考えられなくなり、
鶏ダメ…もとい、録りだめた「新ウルトラマン列伝」を2カ月分ほど一気に消化した。
そして私は号泣した。
何度も泣いた。
最近は年のせいか、人の目さえ無ければいくらでも泣けるのだ。
一体どんな場面で泣けるかと言うと、絶体絶命のピンチに誰かが助けにきてくれた時。
ただし「待ってました!」的な登場ではそこまで泣けない。
かつて共に戦った仲間が予想外に助けに来てくれたときなんかに…
号泣なのだ。
悪党に囲まれ死を覚悟した瞬間に、颯爽と現れ次々と悪を倒した帰ってきたさすらいのガンマン。
魔人ブウのとどめの一撃を気功砲ではじきとばした天津版。
宇宙怪獣に歯が立たなかった帰ってきたウルトラマンの前に現れたウルトラセブン。
仕事人危機一髪の時、死してなお現れた棺桶の錠。
暗黒星団帝国との戦闘で壊滅の危機に陥ったガミラス艦隊の元に駆け付けたコスモゼロ。
…もはやこれまでかと覚悟した時、助けに来てくれたアイツ。
私はそこで声をあげて泣くのだ。
本来なら、私もそろそろ人を助け人を導くべき年になりつつあるのだが、
相変わらず誰かが助けに来るのを待っている腐れオヤジだ。
現実世界では、そうそうヒーローは助けに来ない。
そうそうどころか、まずあり得ない。
だから、自分を信じて戦わなければならない。
たとえ敵わないとわかっていても、たった一つの可能性を信じて必死に前へ進む。
そうしたときに、初めて道が開けるのだ。
救世主とは他ならぬ自分自身なのかもしれない。
ところで、夜、家でちびちびと発泡酒など飲んでいると、もはやこれまでかと思うことがある。
…つまみが無いのだ。
ご飯炊くのもなんだか違うし、深夜にコンビニまでとぼとぼ歩くのも負けた気がする。
そんな時、私の救世主は…
日曜日に大量生産したチキンカツだ!

↑これだ。
2切れほどチンすると実に颯爽たるつまみなのだ。

そう、今夜の私の救世主は2切れのチキンカツ。
…号泣。
じゃまた。