その頃、私は三人の中学生を教える小さな学習塾のバイト講師をやっていた。
安い時給で雇われた殆どやる気のない講師と、友達と楽しく遊びつつ親への義理を立てるためだけに通う女子中学生。
これでまともな“学習”などできるわけがない。
その日私はえらく機嫌が悪かった。
プライベートで色々とトラブルが起こり、憂さ晴らしにいつもより遥かに厳しく学習指導に励んでいた。
JCどもは、そんなこちらの気持など知ったこっちゃなく、いつも通り、いやいつも以上にはしゃぎまくっていた。
こらっ!静かにしろ!
「え~、センセの声が一番でかいじゃん、ぎゃはははははは!」
うるさい!他のみんなの勉強の邪魔だろ!
「他のみんなって、うちらで全員だよ~!」
「そうだー!みんな楽しく勉強してんだー!邪魔してんのはセンセだ~~~!」
「ぎゃはははははははははははは!」
おまえら、高い月謝払って何しに来てんだぁっ!
「ウチらが月謝払ってっからセンセがメンマ食えるんだぁ、感謝しろ~!」
「メンマじゃないよう、まんまだよぉ、ぎゃはははははははははは!」
「うぎゃぎゃはははははははははははははは!」
…だめだこりゃ。
つまらないことを叫び笑い続けていたら、いくら若さの塊のJCでもその内疲れて静かになるだろ…。
「あー、黙っちゃった~センセの負け~!」
「け、け、ケンタウロス~!」
「す、す、すっぽん芸者~!」
「なにそれ!なんなのそれ~!?ぎゃははははははははははは!!!」
…大丈夫か、こいつら。
「あああ、センセ、聞いて!このあいだ帰り道で頭の上にラーメンのどんぶり載せてた人とすれちがったんだよ!」
「ぎゃあああああぁあああ、何それ、怖いっ!」
「おまけにそのラーメンどんぶりには線香が三本くらい立ってたんだ!」
「ぴぎゃああああぁぁぁっ、怖いよ~怖い~、センセ今日送ってよ~!!!」
「やめとこうよ、センセが帰りにこっそり鞄からラーメンと線香出すかも知れないよ!」
「ぎゃははははははは、ラーメンじゃ駄目だよ、どんぶりじゃないと線香立たないよ!」
「あ、そっか~、頭良いね、みすず(仮名)ってば!」
「ぎゃぎゃぎゃはははははははははっははははは!」
…良くないと思うぞ。
「ねね、そう言えば、懐かしいよね!」
「どうしていきなり懐かしいのよ!?何がよ!馬鹿じゃね!ぎゃははははははははは!」
馬鹿じゃね?じゃなくて馬鹿だろ!
「ねねねね、昔さ、よくさ、みすず、給食中に急に静かになったと思ったら、次の瞬間鼻から牛乳吹いてたよね!」
「(しみじみと)だよね~、みすずの牛乳凄かったよ~。」
「懐かしいなぁ。あの頃まだ若かったよね~。」
「ねね、若いっつったら、ともこ(仮名)も男子と喧嘩して追っかけて、用水路落ちたよね!」
「あんな小さい用水路によく落ちたよね~、やっぱ若かったよね~?」
「せっかくあきえ(仮名)が落ちたともこ引っ張り上げてくれたのに、ともこあきえのスカート掴むからスカート半分脱げて…」
「ぎゃはははははははははははは!」
「男子は逃げたのに、犬が襲って来たんだよね~!」
「ぎゃはははははははははははは!」
「で、みすずが犬を牛乳瓶で殴ろうとしてみすずも落ちてさ~」
「ねねねね、センセセンセ、その時の傷がこれだよ!ぎゃはははははは!」
「…あの頃は若かったよね~(しみじみしみじみ)」
…気付くと、塾の時間は残り5分も無かった。
虫の居所が悪かった筈の私は、無邪気な…もとい、馬鹿で馬鹿で馬鹿すぎるJC三人組の生命力に圧倒され、笑顔と涙を浮かべてしまっていた。
それは怒りとか楽しいとかを遥かに超えた…奇妙な幸福ですらあった。
…今から30年近く前、私がまだ19,920歳の若造だった頃の話だ。
後に私はバイトをやめることになり、最後の日に三人の馬鹿JCから素敵な別れの言葉をもらった。
「センセのおかげで勉強楽しくなった!成績は別に上がらなかったけどね、ぎゃはははははははは!」
それからしばらくして、フランチャイズだったその学習塾が、訴えられたかなんかでTVのニュースに出てた。
私の行ってた教室の看板も消えた。
あの時の三人も今頃はとっくにいいおっかさんになっていることだろう。
今でも忘れられない、あの笑い声。
でも、正直、名前も顔も忘れた。
だから(仮名)だ。
想い出は美しすぎる。
じゃまた。