梅雨が明け、本格的に暑くなってきた或る夜、突然ドアを叩く音。
恐る恐る開けてみると、何やら小柄な女性が泣きそうな顔で立っている。
「わ、わたし、あ、あなたのお嫁に来ました!」
女は緊張の面持ちで、小さな声だが強い口調でそう言った。
大丈夫か、こいつ?
何も答えずに、ドアを閉め鍵をかけた。
しかし、いつの間にやら彼女は部屋に上がって、床の上にちょこんと正座していた。
何だかかわいそうだが、こんなわけのわからない女を部屋に入れとくわけにはいかない。
弱々しく抵抗する女を、ひきずって外に放り出す。
…ところが、ドアを閉めて振り返ると、やはり女は部屋の中にいる。
追い出しても追い出しても中にいる。
警察に電話してみたが、あまりまともに取り合ってくれない。
弱り果ててしまったが、何だかおとなしくしてるし、殺されることもなさそうだし、ウチには金目のものも無いのでほっとくことにした。
それからずっとその女は部屋にいた。
その内、洗濯やら料理やらするようになったが、要領が悪くあまり役に立たなかった。
この夏はひときわ暑く、仕事も忙しくて、謎の同居女の相手をするのも面倒くさく、ほぼほったらかしだった。
傍から見れば相当異常な暮らしだが、傍の人には彼女が見えないようだった。
とにかく暑すぎて忙しすぎて、何かどうでもよかった。
気づくと二か月ほどたっていた。
彼岸も過ぎて急に風が涼しくなり、夜になると半そでのTシャツでは寒いくらいだった。
ふと、これまで放置していた例の押しかけ女房に情がうつる。
今夜ならちゃんと話を聞いてやれそうな気がした。
いつも部屋の隅で小さくなっている女に目をやった…
女はいなかった。
夏が過ぎるのと一緒に、女もいなくなってしまっていた。
…これは妖怪なつよめである。
正体はよくわからない。
夏の訪れと共に現れ、夏の終わりと共に消え去る、蝉みたいな妖怪だ。
…夏はもう終わりだった。
ではまた。