ある理由から、日時は明記しない。
場所はN県の山間部のリゾート…とだけ言っておこう。
 
会社の行事でそのホテルに泊まった。
ヨーロッパリゾートを思わせる名前とは裏腹に、冬は団体スキー客、春から秋は大学の体育会系合宿に使われるようなホテルというか、旅館というか…そんな感じの宿を想像してもらえると間違いない。
 
夜は懇親会(要するに大宴会)だった。
宴会そのものは二時間ほどで中締めとなったが、周囲に飲みに出るところが全く無い山中のリゾート。
ホテルがほぼウチの会社の貸し切り状態なのをいいことに、各部屋ドアも閉めずに終わりなき二次会、三次会に突入する。
 
私の部屋は畳敷きの五人部屋。
別部署の人と、布団の上に座り込んで飲んでいたが、朝が早かったこともあり、日付が変わる頃には眠気が勝ち、布団にもぐりこむ。
ちなみにこのとき、本来のうちの部屋のメンバーはあちこちに出歩いているらしく、私一人だった。
 
…深夜、いびきで目が覚める。
私もいびきはひどい(らしい)が、他人のいびきは邪魔以外の何物でもない。
布団にもぐりこんだ時は一人だったが、いつの間にかまわりの布団は全て埋まり、あちこちで高いびき。
携帯を見ると4:30
さすがに寝るわな、と思いつつ、部屋付のトイレに行くと鍵がかかっている。
電気もついているから、誰か入っているのだろう。
あるいは気持ち悪くて便座に顔突っ込んだまま意識不明なのかもしれない。
仮にそうでも、まあ死ぬこともないだろう。
みんな寝静まっている中でトイレのドアを叩いて叫ぶのも憚られるので、部屋の外のトイレに向かった。
 
廊下に出るとさすがに深夜で静かではあるが、どこか遠くから人の話し声のようなざわざわも漏れ聞こえる。
若いやつらかマージャン組だろう、元気だなあ、と思いつつトイレを探す。
自分の部屋は4階だったが、トイレが見当たらない。
確実にあるのはロビー階だと思って、古いエレベータに乗りロビー階へ。
薄暗い中、「お手洗い」の札と矢印が階段の下を指しているのを発見。
 
下は大浴場のフロア。
そう言えば風呂場の隣にトイレがあったなあ、と思いつつ、階段を下り、この時間でも水音や桶の音が響いている浴場入口を過ぎ、念願のトイレへ到着。
このトイレはだだっ広く、半分が更衣室とロッカー、残り半分が便所だ。
スキー客や合宿生を考慮したものだろう。
 
…トイレのドアの前でふと止まる。
中から人の声が聞こえる。
それも一人じゃない(一人だけの声が聞こえるのもそれはそれで変だが)。
大勢だ。
女性の声のような気がする。
 
今立ってるのは男性用トイレだ。
ドアには窓など無く、中の様子は分からない。
 
普通なら、ここで混乱、躊躇するのだが、酔いが醒めてないのと半分寝ぼけているせいで、迷うことなくドアを開けた。
 
 
…ドアの中は明かりこそついていたが、誰もいなかった。
もちろん、人の声など聞こえない。
この時は怖くはなかった。
だから普通に用を足して、トイレを出た。
 
ドアが閉まる時、聞こえた。
いや、聞こえたような気がした。
「がんばったんだよ!」
 
…「気がした」のではっきりとは言えないが、若い女性の、いや、少女の声だったと思う。
 
ここで初めて恐怖に襲われた。
よたよたと来た道のりを走り、階段も上り、部屋の布団に転がり込んだ。
あれは何だったのだろう?
しばらく寝付けず、寒くも無いのに布団にもぐり、色々と考え、いくつか気付いた。
 
最初、部屋のトイレに人が入っていたが、あの時、部屋の布団に寝ていた人数は自分を含めずに4人。
全員寝ていたのだ。
起きていた人はいない。
ではトイレに入って中から鍵かけていたのは誰なのか?
 
大浴場は23時で終了のはずなのに、風呂場から聞こえた音は何だろう?
ホテルの清掃?
いや、風呂場には明かりすらついていなかったではないか。
 
そもそも、廊下に出たときに聞こえた人の声、ざわめきは本当にまだ起きて飲んでる奴らの声だったのか?
それにしては子どものような声ではなかっただろうか?
 
…私には、もう一度起きあがって確かめに行く度胸は無かった。
色々とあるようだ、世の中には。
 
 
…どこまでが本当でどこからがフィクションかはこれを読んでいる貴方が決めること…
 
 

 
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