今を去ること、3年前、2007年の3月。
仕事の関係で、神戸の「KのSホテル」に五日間滞在。
小さなホテルだが、部屋は広く快適。
ビジネスホテルによくあるような、大きな鏡が印象的だった。
最後の晩、シャワーのあと、一人でビールを数缶あけてからベッドに入った。
ふと真夜中に目が覚めた。
窓から外の明かりがうっすらとさしこみ、寝ぼけた目にも部屋全体が見通せたが、次の瞬
間私の目は例の大きな鏡に釘付けになった。
鏡の中に人影が見えた。
もちろん、ベッドの中の自分ではなく、その長い髪と華奢な身体から女性のようだった。
彼女は鏡に写っているのではなく、鏡の中にいるように見えた。
はっきり見えているのではなく、そう感じられる、といった感覚。
まだ酔いがまわっている上、寝ぼけているせいか、恐怖よりは不思議さを感じていた。
ぼそぼそと声が聞こえる。
欲しい?」
私は身動きもできずに耳をすました。
「何が欲しい?」
確かにそう聞こえた。
寝ぼけてるというのは妙なもので、そのとき、出張前に同僚がふざけて言った言葉を思い
出した。
『神戸のお土産は神戸牛をよろしく』
そして、私は鏡の女に、つい答えてしまった。
「神戸牛」と。
 
女が鏡の中で顔をあげ、長い髪に隠れていた彼女の表情があらわになった。
きれいだが、驚くほど寂しげだった。
その目はしっかりと私を見つめ、薄い唇が言葉を告げた。
 
「売り切れ
 
そのあとのことはよく憶えていない…
 
 
 
 
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複数のブログランキングに参戦敗退中だす。
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