新しい動きがいろいろ。
ますます忙しくなりそうな予感。

それにしても。

岡山に帰って約一年。
新しい仲間に出会い、
新しい職場に出会い、
こんなにも良い出会いに恵まれるとは
思いもしなかったなあ。

いろいろあるけど、
人生なんとかなるもんですなOK
震災から一年。
岡山に帰って一年。
一年前、今のような仕事をし、今のような環境に身を置くなんて、
想像もしていなかった。
生きるということは実に不可思議で、面白くもあり、過酷でもあり。

どんなに過酷な運命であれ、
現実を受け入れた時から人生は始まる。

お名前を忘れてしまったけれど、
家族を失いながら、アウシュビッツから生還した方の言葉。

朝から洗車。
家の隣の小学校で半旗が掲げられていました。
何がどうしたって明日は来るんだよなあ。
濃密な一年だったけど、本当の人生はこれからだよなあ。

自分に与えられた役割を真面目に誠実にやっていくこと、
それだけを考えて生きようと思う、一年目の自分です。

16、17、18日の三連休を利用して
知的障害者支援施設で職場体験してきました。

スタッフの皆さんはほぼ休憩ゼロ。
食事介助の時に座れるくらいで、トイレに行く暇すら無かった・・・。

忙しいのはもちろん、
「どういう支援が良いのか」を考えながら
ひとりひとりに対応している姿勢に心うたれました。

現場は20代のスタッフが支えています。
女性は可愛いし、男性はカッコイイ。
なんでこんなにルックスがいいの???と思ってしまった。

正直、もっとラクでお給料の良い仕事はあると思う。
でもでも。
彼ら、彼女らに関わったら辞められんよ。

たった三日なのに、
終わったらいろんな感情がこみ上げて来て
泣き通しでしたわ(ノ_・。)

今までに感じたことのない思いを処理仕切れなくて
感情の糸がぷつんと切れた感じ。

仕事にするのなら、一生関わる覚悟を決めないといかん。
私が辞めても、彼ら彼女らの人生は続く。
自分を始め現場の判断ひとつで、人の人生を左右するんだから。
対人援助サービスの責任の重さを痛感しました。

安易な気持ちで関わってはいかん。

帰宅後、関わった人たちの名前を書き出して
彼ら彼女らのことを思いました。

彼ら彼女らといると、
自分の気持ちが開放されるようでした。
自由に、シンプルに生きている特別な人たち。
不思議な力、不思議なエネルギーを持っている人たちでした。

自分がどこに向かっていくのか、
彼ら彼女らとの出会いがヒントをくれる気がしました。


岡山では、各駅で路線ごとにホームの音楽を替えています。
たとえばわが街は、
上りが「いい日旅立ち」
下りが「瀬戸の花嫁」
どっちも別れの歌やん!寂しいやん!

倉敷駅は
上り、下りともに「いい日旅立ち」。

他にも
「汽車」「線路は続くよどこまでも」なんかがあります。

そして問題の笠岡駅。
なんと、ご当地ソング。
その名も
「がんばれカブトガニ」!!!!!!!!

今日初めて知りました。
ご興味ある方はこちらをどうぞ。

笠岡ってすごー。

すがすがしいくらいに、夏。

金曜日から京都、大阪、二都ものがたり。
大阪では久々に三味線の練習。
9月に老人ホームでの演奏会が決まったので、その練習を。
0時近くまでつきあっていただいた先生に感謝です音譜

日曜日は鈍行で岡山まで帰ってきました。
この季節、
山の緑と田圃の緑が眩しいっカエル
陽射しがすっかり夏。

車窓から見える景色を
ほけーーーーーっと眺めていたら、
なんだか、このまま遠くに行きたいなーと思った。

学校が終わったら一週間くらいどっかに行きたい。

てな話を学校でしていたら、
「帰る家があるからそう思うんよ」
と言われました。

そうやな。
寅さんだって、
帰る場所があるから放浪してたんだもんね。
帰る家があって、
待っている人がいることを幸せだと思わなきゃ。
わかっちゃいるけど、
やっぱり一人はいいなーと思ってしまう自分て、
なんてワガママなんでしょうか。