(大勢に逆らえなかったバカ親の愚痴です。ひどい表現がありますがご容赦ください)

 

プロ野球選手がファンサービスを行い、

「あの選手はていねいでいい人だね」とか賞賛されることがあります。

もちろん人間性としては素晴らしいのだと思いますが、

ちょっと意地悪な見方をすると、これはビジネスとして考えれば当たり前のこと。

 

なぜなら、ファンを増やすことは自分の稼ぎにつながるから。

むしろファンサービスができなかったり、不十分な選手は、

しくみを理解していないというか、はっきりいってバカ。

ほんの一握りの人しか入れない世界にせっかく入れたのに、一時の快楽でクビになるやつはもっとバカ。

 

すごく嫌な見方をすると、プロ選手はファンサービスで、もっとも増やしたいのは、

プロにはなれないレベルだけど、生涯、野球をやってくれたり、好きでいてくれるファンでしょう。

※実際は、プロになれるレベルのファンでも、歓迎。なぜなら、プロになるまでに時間差があるし、

より上手なファンがプロになれば、あの選手に憧れていたとかなって老後になってもプラスだから。

 

このような考え方をみんながすると世の中が荒むのでよくないですが、大学がこれに近い状況に思えます。


大学を卒業すると、学位がもらえて、それを持っていると社会人になるときに有利だよという売り文句を餌に、

勉強が好きでもないし、得意でもない人を大学に進学させようとしてきます。

一部の人しか入れないプロ野球と違って、大学はだれでも入ることができます

(大した試験を課さずに入れている大学がある以上、だれでも入れるといっても過言ではない)。

ただし、大学の中に東京大学など(プロ)と地方私大など(アマ)があるので構造としては同じ。

 

大学のよくないところは、プロもアマもあたかも一緒に扱っているようにみせるとこ。

もし同じなら、学位に大学名はいらない。結局同じでないから、企業は就職試験のときに大学名で区別する。

同じ大卒といっても、東京大学など(プロ)と地方私大など(アマ)では同じではないのだ。

 

野球界と同じ構造とみると、向いていない人を大学に集めようとしているのがなぜかわかる。

プロはアマがいるからこそ映えるし、この産業を支えるためにパイが必要なのだ。

 

プロとアマでは能力に違いがあるので、この扱いに差があるのは仕方ない。

問題なのは、プロもアマも同じ料金、むしろアマのほうが高い料金を払わされるということ。

私には、バカな子を人質にとって親からお金を取ろうとしている構図にしか見えない。