2019年も間もなく終わります。
来年に向けて、アメブロを再開します。
今まで、たまにnoteに書いておりましたが、
運用を分ける意味で、
ブログはこちらに記載する事にします^^
「横須賀市民40万人をブロークン・イングリッシュスピーカーにする!!」
という目標に向けたあれこれを綴っていきます。
宜しくお願い致します。
2019年も間もなく終わります。
来年に向けて、アメブロを再開します。
今まで、たまにnoteに書いておりましたが、
運用を分ける意味で、
ブログはこちらに記載する事にします^^
「横須賀市民40万人をブロークン・イングリッシュスピーカーにする!!」
という目標に向けたあれこれを綴っていきます。
宜しくお願い致します。
ほぼノンフィクションビジネス小説「(仮題)破天荒ダック」No.8はこちら
https://ameblo.jp/runbeginner100km/entry-12465189658.html
翌朝、ぐっすり寝たと思ったが、スマホで時間を見るとまだAM5:30だった。
(あれ、意外と早く起きられたな。)
日本と、ベトナムは2時間の時差があり、ベトナムの方が遅い。時差の影響で早く起きられた事にまだ気付かず、
(多分、気が張ってるんだろうな。)
位に考えていた。
シャワーを浴びて、朝はやる事も特にないので、散歩をしようと外に出た。
ちなみに、この日は月曜日なのだが、ベトナムの祝日で、休みだ。ただ、黒川社長から、明日からの打ち合わせをするという事で、午後にオフィスに行く事になっている。吾妻さんは、今日から出張でベトナムのハノイに行くという事だった。
気になっていた、家の近所のベトナム料理のお店は、AM6:00だというのに、既に開いている。空腹を感じ、吸い込まれるように入った。メニューを見ていると、店員の男性がオーダーを取る為に近づいて来る。昨日吾妻さんが使っていた、ベトナム語を早速使ってみる。
「カナイ!モッカイ!」
ヤーと言いながら、男性は厨房に引っ込んで、すぐに料理を持って戻って来て、僕が座っている席のプラスチック製のテーブルにそれを置いた。
(おー!これこれ!こういうのが食べたかったんだよ!)
昨日のベトナム料理のお店は、確かに美味しかったが、観光客向けの綺麗な佇まいで、味も観光客が食べやすいように寄せていた。だが、僕は、海外に行ったら、その国の人達が食べている食べ物を食べたい性格だ。お腹は弱いのだが、お腹を壊しても気にしない。
(でもこれ、どうやって食べるんだろ?…まあいっか!適当で!)
後で知ったのだが、出て来た料理名は、ブンチャーで、ベトナム風つけ麺だ。つけ汁と、麺、葉っぱ類が別々の器に入って出て来る。自分の好みで葉っぱ類をつけ汁に入れ、麺をつけて食べる。だが、初めてで食べ方が分からなかった僕は、葉っぱで麺を巻いて、つけ汁につけて食べていた。
「うん!美味い!なんか、ベトナムに来たって感じがする!」
トンチンカンな食べ方をしながらも、ローカルのお店に一人で入って食べた事に満足感を感じながら、一気に食べ終えた。店員に『ティンティエン』と伝えると、
「ボンムイタン!」
と言ってくる。分からないとボディランゲージで伝えると、指で、4、8と教えてくれた。
(えっと。4、8だから、4,800ドンじゃ安過ぎるし、、48,000ドンかな?なら、50,000ドン渡せば足りるよね。)
店員に50,000ドンを渡すと、2,000ドンのお釣りをくれながら、
「シンカモン!」
と笑顔で言ってくる。僕も、
「シンカモン!」
と返す。「シンカモン」は、ありがとうだ。
腹ごしらえを済まし、ずっと気になっていた、ホーチミンで一番高いビル、テクスコタワーに向けて歩き出した。ホーチミンに着いてから、自宅から半径数百メートルしか出歩いていないので、今日は少し行動範囲を広げたい。
自宅から、レタントン通りに沿って歩いていくと、右手にCOMVIM CENTERが見える。それを通り過ぎて、更に進んでいくと、パッと開けた通りに出る。グエンフェ通りだ。ホーチミンさんの銅像も飾られており、観光スポットである。夜になると、どこからともなく若者達が集まり、それを目当てにした行商の人々も集まり、カオスな様相を呈す。今はまだ早朝なので、そこまでの人はいないが、それでもチラホラと人の姿はある。グエンフェ通りの真ん中を、右手の奥の方に見えるテクスコタワーを目指し、ぷらぷらと歩いていく。
「キレイな所だな〜」
呟きながら、どんどん歩を進める。やがて、テクスコタワーの麓に着いた。
「でかいなー!」
と感じたが、実際は、東京タワーよりも低い事を知り、驚いた。周囲の建物が、テクスコタワー程高くないからだろう。テクスコタワーは、正式名称を、テクスコフィナンシャルタワーと言い、韓国のテクスコグループ所有のビルだ。高さ265.5メートル、地上68階、地下3階を要し、2016年現在、ホーチミンで一番高いビルとなっている。中は、オフィスエリアと、商業エリアに分かれている。
まだAM8:00前後と、時間が早い事もあり、テクスコタワーには入らず、その周囲を見て回り、サイゴン川の方に向けて歩いた。途中K martに寄り、見た事がない銘柄のジュースを買った。サイゴン川沿いにある公園で、木の陰になっているベンチを見つけ、さっき買ったジュースを開けた。なかなか美味い。
「ふう。俺、本当にベトナムにいるな〜。」
一息ついて、改めてそんな事を考えていた。海外旅行といったら、多くても年に1回〜2回程度。合計しても長くて2〜3週間だろう。だが、今回の駐在は、最低3年、長ければそれ以上の期間ベトナムにいる事になる。学生時代に、東南アジア旅行をしていたと言っても、長期滞在した経験はない。だから、長期滞在をしてみたくて、海外勤務を希望していたというのもあるのだ。僕は、学生時代に海外留学をしてみたかったが、経済的な理由や、当時バドミントン部の部長として、部活動に精を出していた事もあり、ついに海外留学に行く事は叶わなかった。
そのため、海外駐在員になれたのは良いが、会社のためという気持ちは正直薄く、多分に自分が学生時代に海外留学に行けなかった目標を、今になって満たしている感があった。会社にとってみたら、迷惑な話かもしれないが。
ただ、元来やる気はある方なので、これから始まる海外での仕事にやる気を燃やしていた。ただ、一点気になっていたのは、ベトナムで担う業務が、海外進出コンサルティングではなく、人材研修・人材紹介・ITサポートの営業だという点だ。これは、内辞を受けて、その後黒川社長と面談をする中で聞かされた時には、驚き、多少失望もした。
(え。入社前から聞いていた、海外進出コンサルティングに関わるんじゃないんだ。)
聞くと、海外進出コンサルティングの部門は、黒川社長が携わり、僕は他の3つの部門の管理と営業に携わる事になった。釈然としない想いはあったが、贅沢も言っていられない。黒川社長の説明はこうだった。
「海外進出コンサルティングは、専門的な知識や経験が求められるから、いきなり携わるにはハードルが高い。始めは、他の3部門の営業職としてスタートを切り、ベトナムにも慣れて行ったら、ゆくゆく海外進出コンサルティングに携われるようにするつもりだ。」
この説明は、半分は納得していたが、半分は不満だった。
(言っている事は理解出来るけど、海外進出コンサルティングと、他の3部門は全く別だから相関性なんてないよな?野球で球拾いしていても野球が上手くならないのと同じだよ。)
以前にも、この経験はあった。新卒で入社した時に、「業務内容は、ITコンサルティング、飛び込み営業などはない。」と聞いていたが、新人研修で行ったのは、テレアポ、そして、横浜支社に配属されてから行ったのは、飛び込み営業だった。(補足説明をしておくと、当時、僕らの期の時に、会社がコンサルティングに舵を切ろうとしている時で、会社上層部や人事部の意向と、現場の意識とに差があったのだ。その為、退職者はかなり多かった。2012年4月に入社して、1年が経つ頃には、50名いた同期が、半分程に減った。僕がベトナムに渡航する時には、同期は10名強しかいなくなっていた。)
1年目の当時、僕がお世話になった、佐藤支社長も、本橋先輩も横浜支社にはいなかった。当時の僕の上司は、村崎部長。ひたすら謎の一発芸をやらせ、営業トーク練習という名の公開処刑をさせられた。(この経験は、営業トーク練習に対するトラウマを作った。)上記の状況に我慢の限界に達し、入社半年で僕は一度上司に辞表を出している。辞表を提出した時に言われた言葉を今でも覚えている。
「辞めてもいいけど、今辞めるのやめて。俺の評価に響くから。」だ。
(うわ〜。知っていたけど、この人本当のクズだな。)
と思ったのを昨日の事のように覚えている。ただ、辞表を提出したものの、大学時代の友人から励まされ、退職を思いとどまった。その後は、村崎部長からの態度も多少軟化し、飛び込み営業にも多少慣れて、とびきり優秀とは言えないまでも、成果が出て来た事で、入社してからの暗黒時代を何とか乗り切る事が出来た。余談だが、村崎部長は、その後、社内で問題を起こし、責任を取る形で左遷されている。「よい気味だ」とは思わなかったが、「やっぱりな」と感じた。
サイゴン川を見ながら、念願だった海外生活への期待に胸を膨らませながらも、本当に希望していた業務とは違う部門に携わる事に不安を感じる、複雑な心境だった。
ふと周囲を見回すと、先ほどまでウォーキングをしたりと、往来があったのだが、陽が高くなり暑くなってくるのに合わせて、蜘蛛の子を散らすように人がいなくなっていた。僕もその流れに乗るように、午後のオフィスでのMTGの前に、昼食と休憩をする為に自宅に引き上げて行った。
明日に続く…
ほぼノンフィクションビジネス小説「(仮題)破天荒ダック」No.7はこちら
https://ameblo.jp/runbeginner100km/entry-12465189200.html
急いで家に戻り、身支度を整えて、待ち合わせ場所である、COMVIM CENTERに向かった。待ち合わせの時間は、18:00。17:45には、現地に到着した。
(良かった。余裕を持って到着出来た。)
一人で周囲を観察しながら待っていると、他にも数人待ち合わせをしている日本人らしき人を見かけた。
(COMVIM CENTERって、待ち合わせだったり、ランドマーク的存在なんだな。)
そんな事を考えていると、18:00ちょうどに、目の前にタクシーが止まった。見ると、黒川社長が乗っている。僕は、少し緊張しながら、タクシーのドアを開け、
「お疲れ様です!お久し振りです!」
と元気良く声を掛けた。
「よお!無事着いたか?空港から市街までは問題なかったか?」
「いえ、しっかりボラれました。ハハハ。」
そんな会話を交わした。黒川社長とは、ベトナム渡航前に日本で一度お会いしている。SOCIAL立ち上げ時代からの社員で、叩き上げで役員にまで上り詰めた人だ。黒川社長も、この春に人事異動でベトナム・ホーチミンに駐在する事になった。
ふと、黒川社長が、大きな声で僕の後ろの方に声を掛けた
「吾妻さん!こっちです!」
(吾妻さん?誰だろう?)
振り向くと、長身で眼鏡をかけた、目元が鋭い男性が、ノシノシとこちらに向かって来る。
(なんだか、強そうな人だな。。)
そんな事を想いながらも、反射的に、
「初めまして!田中と申します!」
と挨拶した。
「初めまして!吾妻です!君が噂の、期待のエースだね!」
「いえ、エースなんてとんでもない!」
「エースじゃないと、こっちが困るんだよ!」
黒川社長から突っ込まれ、慌てて、
「はい!頑張ります!」
と言うのがやっとだった。既に脇汗が凄い。
「じゃあ、とりあえず行きますか」
と黒川社長が歩き出した。
レタントン通りとは、反対側の通りの方に向かっていく。COMVIM CENTERは、入り口は2つあり、1つは、僕の家のある側、レタントン通りだ。もう1つは、リチュチョン通りだ。
道すがら、吾妻さんと少し話したが、吾妻さんは、カンボジアの教育支援をするNPOからSOCIALの社員となった変わり種で、SOCIAL VIETNAM、SOCIAL CAMBODIA、SOCIAL INDONESIAの人材研修事業のトレーナー育成の為に、各国を行き来しているとの事だった。
黒川社長は、リチュチョンと、ハイバーチュン通りの交差点を渡り、角の建物の階段を上って行く。キレイ目なベトナム料理屋があった。
(キレイなお店だな〜。汚いお店の方が興味はあるけど。とにかく、初ベトナム料理だ!楽しみ〜!)
ワクワクしながら席に着く。
黒川社長が席に着くなり、灰皿を引き寄せた。僕は、飲みの席で、この辺の気が回らない。先輩にも何度か指摘された事があるが、自分がタバコを吸わないからか、飲食店でのアルバイト経験などがないからか、どうしても反射的に灰皿を用意したりが出来ない。お酒がなくなりそうになったら、次を促したり、お酌したりは出来るのだが、タバコに関してはどうしても直らない。
黒川社長が、タバコに火をつけながら、
「ほら、何でも好きなもの頼めよ!」
とメニューを渡して来る。
「ありがとうございます!えっと…」
(好きな物って言ってもな…)
そんな僕の気持ちを察したのか、吾妻さんがリードしてくれる。
「黒川社長は嫌いな食べ物特にないですよね?田中くん、嫌いな食べ物ある?パクチーとか」
「あ、僕は特にないです!何でも食べられます!」
「そっか、じゃあ、、エモーイ!」
店員さんが、やってくる。
(エモーイ?また新たなベトナム語だ。すみません的な感じかな?)
吾妻さんが、
「カナイ!モッカイ!カナイ!モッカイ!」
と、テキパキと料理を選んでくれる。
(????家内?木灰?)と、日本語な訳がないのに、勝手に心の中で漢字変換している。
「あと、飲み物はお二人ともビールで良いですか?」
「はい。」
と黒川社長。それに続いて、僕も
「はい!」
「じゃあ、バーロンビアタイガー チョートイダー?」
と伝えると、店員さんは、奥に引っ込んで、やがてビールとグラスを持って戻って来た。グラスに、日本では見かけない氷が入っている。
「ビールに氷を入れて飲むんですか?」
「おー!初めてか!ベトナムではこのスタイルなんだよ」
と黒川社長。
氷の入っているグラスにビールを注ぐのは初めてながら、3人分のビールを注いで行く。
「じゃあ、とりあえず、ようこそベトナムへ!これから頼むぞ!乾杯!」
「乾杯!こちらこそ、宜しくお願いします!」
そう言いながら、ビールを流し込む。昼頃に機内食を食べてから何も食べていなかったので、空きっ腹にビールがしみた。
「くー、美味い!氷が入ってると、変な感じはしますが、美味しいですね!」
「でしょ?始めは俺も抵抗あったんだけど、慣れたら、もうこっちの方が美味く感じるから不思議だよね!」
「お前、学生時代東南アジアを旅行してたって聞いたけど、氷入りビールは初めてなんだな」
「はい!ベトナムは学生時代の旅行で来た事がなかったのと、学生時代は好んでお酒を飲まなかったので。」
「ふーん、どこの国に行ったんだ?」
品定めするような調子で、黒川社長からの質問が続く。
(なんだか、面接の気分だな。)と内心感じながら、
「はい!マレーシア、シンガポール、インドネシア、カンボジア辺りですね!大学卒業前最後の春休みには、SOCIALカンボジアと、SOCIALインドネシアにもお邪魔させて頂きました!」
「へー!そうなんだ!学生時代に海外現地法人に顔出してるとは、やるねー!流石海外志望!」
吾妻さんが相槌を入れてくれる。
「いえ!せっかくの機会だったので、人事部にお願いしたら、訪問してもOKとの事だったので。一応ドレスコードも確認して、旅行だし、Tシャツ、短パンでも良い、って事だったので、そのまま旅行着で行ったら、SOCIALカンボジアでは何も言われなかったんですが、SOCIALインドネシアでは、『せめて襟付きのシャツ着てこいよ』と言われてしまいましたが。ハハハ。」
「そうか。梶さんなら言いそうだな。」
梶さんとは、SOCIALインドネシアの当時の社長だ。今は代表者が変わっている。
「まあ、その頃からのアピールもそうだし、お前の元職場の佐藤支社長からも推薦されてたから今回の引き抜き制度で目に留まった訳だ。」
「え、佐藤支社長からの推薦ってどういう事ですか?」
「聞いてないか?本社で会議があって、顔合わした時に、よく『横浜に海外勤務希望の面白い若手がいるから宜しく』って言われてたんだよ。」
「そうだったんですか。。知らなかった。」
(佐藤支社長に、感謝しないとな。)
「まあ、何はともあれ、自らも望んだ海外勤務だし、沢山の海外勤務希望者から選ばれたんだ。24時間365日働くつもりで、頼むぞ!」
(ん!?24時間365日!?)と一瞬思いながらも、
「はい!頑張ります!」
と元気良く答えた。
吾妻さんは、何も言わなかったが、その様子を複雑な表情で見守っていたのが気に掛かった。
その後は、先ほどの注文の時に使ったベトナム語や、簡単なベトナム事情について質疑応答のようになり、一通り話も食事も終えて、吾妻さんから教えてもらった、会計をもらう言葉、
「エモーイ!ティンティエン!」
を試し、会計をもらった。その日は、黒川社長にご馳走になった。
お店を出て、黒川社長がタクシーに乗り、
「じゃあ、明日午後にな!」
と言い、帰って行った。吾妻さんと僕は、家が近所との事だったので、一緒に歩いて帰った。帰り際に吾妻さんから、
「まあ、始めは慣れない事ばかりだろうから、気楽にね!」
と言葉を頂き、お礼を言って、帰途についた。食事の席での吾妻さんの表情が何を意味していたのか、少し気にはなっていたが、その日は疲れていたため、シャワーを浴びてすぐ眠りについた。
明日に続く…
ほぼノンフィクションビジネス小説「(仮題)破天荒ダック」No.6はこちら
https://ameblo.jp/runbeginner100km/entry-12464518396.html
ウィーーーーン、ガタタタン。ウィーン。
(マジで、そのうち落ちるんじゃないのか…?)
乗る度に命懸けのエレベーターで、今回も運良く命拾いをしながら、僕は、今度は一人でホーチミン1区の街中へ向けて歩き出した。
ベトナムの人口は、9,500万強で、ホーチミン市は、人口830万強(一説にはもっといるとも)の、ベトナム最大の経済の都市だ。ベトナムは、日本と同じ様に、縦に細長く、ホーチミンは南寄りに位置している。ちなみに、首都は、北寄りのハノイで、人口は730万前後だそうだ。ホーチミン市が、経済の都市で、ハノイは政治の都市。ベトナムの正式名称は、ベトナム社会主義共和国で、名前の通り、社会主義の国だ。資本主義の各国とは違う点も多いが、近年では、経済発展の為に必須となる、裾野産業構築のために、外資系企業を誘致するべく、外資系企業に対する種々の規制も緩和されてきていたり、強い利権を持つ共産党党員のアンダーマネーに摘発が入るなど、徐々にではあるが、変化が出てきている。
そんなホーチミンの街中を、つい数時間前におのぼりさん状態で到着した、僕がゆく。
(さっきは、分からなかったけど、家から会社までめちゃくちゃ近いな!これは便利で良いや!ボロいのは、、まあ、住めば都って言うしね!)
僕の住むタイバンルン通りから、レタントン通りに出ると、すぐにCOMVIM CENTERが見える。そのままレタントン通りに沿って、日曜日の夕方のホーチミン市街を歩いていく。
(800メートルだから、この辺だよな。)
と、考えていると、Money Exchangeの看板を見つけ、中に入る。とりあえず手持ちが欲しかったので、2万円を換金する。すると、やたら0の多いお金が返って来た。
(うわ!何これ!0が多い、1,10,100,1000…50万ドン!?)
ベトナムは、貨幣はなく、全て紙幣で、200ドン、500ドン、1,000ドン、2,000ドン、5,000ドン、10,000ドン、20,000ドン、100,000ドン、200,000ドン、500,000ドンがある。0を2つ取って、半分にすると日本円の価値が分かる。500,000ドンなら、約2,500円位だ。今回は、2万円を換金したので、約4,000,000ドンが渡された。
(ベトナムのお金にも慣れないとな〜)
と思いながら、財布にしまい、
「Thank you!!」
と言いながら、お店を出た。
(Thank youって、ベトナム語でなんて言うんだろ?)
そんな事を考えながら歩いていると、道の向こうから2人組のベトナム人男性が手に何か箱を持って歩いてくる。僕の近くまで来ると、
「ハーイ。コンニチハ!」
と日本語で話し掛けてくる。
警戒しながらも、
「コンニチハ」
と、釣られてカタコトになりながら答える。
その後の言葉は知らないようで、僕の靴を指差して、磨く動作をしている。
(あ〜、なるほど。靴磨きか。どうせお金を求められるんだろうな。)
ちょうど確かに汚れてもいたので、
「いくら? How much?」と聞くと、手で5のサインを出してくる。
スマホで、5,000と打ち込み、見せると、
「No No!!」
と言い、50,000ドンだと言った。
(50,000ドンって事は、日本円で250円位か。ならいいかな。)
「OK」
と伝えて交渉成立。彼らが持っていたサンダルに履き替えて待った。この時点で、僕は、自分の成長ぶりに満足していた。
(よし。今度は事前に確認したし、もうボラれる事はないだろう。同じ轍は踏まないよ。)
と思っている間に、靴磨きは終わった。
(あんまりキレイになった気がしないけど。。まあいいか)
さあ、お会計だが、これまでの成長ぶりが、ここで台無しになった。慣れないお札と、彼らに急かされたのとで、
「え〜、どれなの?」
と彼らの前にお札の束を出してしまった。
二人の男性のうち、一人が、スッと一番端の紙幣を抜いて、走って行ってしまった。
「あっ!」
そう思ったが、もう遅い。それは、500,000ドンだった。日本円で2,500円。
もう一人の男性が、俺にもくれとアピールして来るが、
「ふざけんな!お前の仲間が500,000ドン取っていっただろ!誰があげるか!」
と無視して歩き始めた。自分の迂闊さにただ腹が立つばかりだった。
(くそ〜。何やってんだ。これじゃあカモじゃないか。。)
苦い想いを噛み締めながら、急いで一度家に戻る。約束があるのだ。
それは、これから僕が働く、SOCIAL VIETNAMの社長である、黒川社長との晩御飯の約束だった。
明日に続く
ほぼノンフィクションビジネス小説「(仮題)破天荒ダック」No.5はこちら
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「あの、SOCIALの田中さんですか?」
「はい!スマイル不動産の、内藤さんですか?」
「はい!内藤です。宜しくお願いします!いや〜、無事に着いたようで良かったです!空港からのタクシーは、問題なかったですか?」
「いえ、しっかりボラれました。ハハハ。」
「なるほど、早速ベトナムの洗礼を味わわれたんですね。皆んな大体何かしら始めはあるので、気にしないでいきましょう!」
「そうですね!じゃあ、早速これから家にご案内頂けるんですよね?」
「はい!ご案内します!お荷物お持ちしますよ!」
内藤さんに会えて、内心少しホッとしていた。学生時代、東南アジアを一人で旅行していた時は、一人でも全く気にならなかったが、しばらく旅行もご無沙汰で、更にタクシーにボラれた事もあり、人恋しくなっていたのかも知れない。
とにかく、夢の海外駐在員生活の拠点となる家の初お目見えだ!僕はワクワクしていた。なぜなら、日本を出る前に、横浜支社の佐藤支社長と本橋先輩が、
「海外駐在員って言ったら、プール付きの家に、美人のお手伝いさんがいるんだろ?着いたら、すぐ写メ送れよ!」
「いや〜、僕なんかペーペーなので、そんな待遇良くないと思いますよ。」
そう言いながら、内心かなり期待していた。
内藤さん曰く、僕の通うオフィスのある、COMVIM CENTERは、ホーチミン1区というビジネス街の好立地にあり、錚々たる企業の入居するオフィスビルだそうだ。地代も当然高い。そして、僕の家も、そのホーチミン1区にある。期待しない訳がない。
内藤さんの後ろを、ルンルン気分で歩いていると、スルスルと路地に入っていく。中には日本食レストランの看板が多く見えた。
(おや?想像していたのと違うけど。)
と不思議に思い、
「内藤さん、この辺りは何なんですか?日本食レストランが多いようですが。」
「ああ、この辺りは、日本人街なんです。レタントン通りと、タイバンルン通りのちょうど交差した路地になっています。ちなみに、路地の事を、ベトナム語でヘムというので、覚えておくと良いと思います。」
「へ〜。日本人街か。」
(ちょうどお腹も減ってるし、もしかして、家に行く前にご馳走してくれるのかな?でも、せっかくなら、日本食じゃなくて、ベトナム食が良いんだけど。)
そんな事を思いながら付いて行くと、内藤さんは、日本食レストランには目もくれず、ズンズン進んで行く。
(お!あそこの見るからにベトナム料理っぽいお店かな?流石、内藤さん、着いたばかりの日本人の気持ちを心得てる!)
そんな風に思っていたら、そのベトナム料理のお店もパスして、ある見た目の小汚いアパートの前で立ち止まった。
(え、もしかして。。)
「田中さん!着きました!こちらのアパートの7階です!」
「あ、そ、そうなんですね!へー。」
(全然想像とちがうんだけど。。ま、まあ、中身は意外と良いかもだし!1フロア1部屋だったら、結構広いかも知れない。)
そんな風に自分を元気づけながら、内藤さんの後ろに付いて行く。しかし、そんな空元気を打ち砕かれるように、
「はい!どうぞ!エレベーターがすこーし狭いので、僕は階段で上がりますね!5階で待っていて下さい!」
(エレベーター狭っ!そして、5階?7階じゃなかったの?)
そんな疑問を抱きながら、今にも止まりそうなエレベーターに乗り、5階に向かう。
(めっちゃ恐い。そして遅い。どこのメーカー?メーカー書いてないし!)
と、突っ込みどころ満載のエレベーターで、5階に到着した。エレベーターは、目的地に到着する度に、ガシャン!という音を立て、激しく上下左右に揺れる。久し振りに揺れない地面に降り、少し待っていると、肩で息をしながら、内藤さんが上がって来た。
「はぁ…はぁ…。お待たせ…しました…はぁ…。さあ、行き…ましょ」
「は、はい。」
7階建のアパートは、元々5階建だったのを、無理やり7階建にしたのが丸わかりだ。5階から上に行くには、明らかに不自然な木製の階段を昇って行くようだ。
(この階段も恐っ!!凄い作りだな。。)
ようやく最上階に着いた。1階〜5階までは、1フロア2部屋あるようだが、6階、7階は1部屋しかない。この事実は、僕をいくらか勇気づけた。
(あ!やった!1フロアに1部屋なら絶対広いはず!)
「こちらが田中さんのお部屋です!」
ガチャッと音を立てて目に入ったのは、真っ白な、粉を被ったベッドが置いてある、狭い部屋だった。
しばらく声も出さず佇んでいた。ように感じたが、実際の所は、2〜3秒で、すぐに内藤さんが、
「あ、あれ!?何だこの粉は!?昨日チェックした時はキレイだったのに!ちょっと待ってて下さいね!掃除させますので!」
「あ、はい。」
魂の抜けた声を出す僕を置いて、内藤さんはドタバタと下の階に駆けていく。
(夢の海外駐在員生活。。)
そんな言葉が頭をよぎりながら、ボーッと突っ立っていた。どれ位の時間そうしていただろう。また、ドタバタと足音を立てて、また肩で息をしながら、内藤さんが帰ってきた。
「はぁ…はぁ…田中…さん。すみ…ません。すぐ、掃除…しますので。」
「あ、内藤さん、大丈夫なので、とりあえず休んで下さい。」
そんなやり取りをしていると、内藤さんの後ろから、掃除のおばさんが歩いて来た。下から、便所サンダル、ステテコ、ダラッとしたシャツに身を包み、その姿に似合わず、笑顔がやたら素敵だった。
「シンチャオ!」
と言い、僕と内藤さんが立っているドアの入り口を抜けて部屋に入って行くと、テキパキと掃除をし始めた。
「内藤さん、『シンチャオ』って何ですか?」
「ああ、『シンチャオ』は、ベトナム語の挨拶で、おはよう、こんにちは、こんばんは全てで使えます。少し丁寧な表現ですね。」
「へー!全部一つの言葉で済むなんて、便利ですね!シンチャオ!」
と僕が言うと、おばちゃんが嬉しそうに、
「シンチャオ!」
と返してくれた。
「ちなみに、この方は、掃除の方なんですか?」
「そうですね!ハウスキーパー、お手伝いさんとも言いますかね!」
「え!?お手伝いさん。。」
そう呟きながら、テキパキと掃除するおばちゃんを見ていると、僕の視線に気付いたのか、ニコッと眩し過ぎる笑顔を返してくる。
(ま、まあ、良い人そうだから良いか。でも、佐藤支社長と、本橋先輩には、写真は送らないでおこう。。)
そんな事を考えていると、掃除が終わり、おばちゃんは引き上げていった。
「田中さん。では、改めまして、こちらが田中さんのお部屋です!どうです?少し想像とは違ったかも知れませんが、会社にも近くて、良い所だと思いますよ!」
(う、勝手に夢の海外駐在員生活を想像してたの、顔に出てたかな。。)と思いながら、
「そ、そうですね!慣れるまでは、近いのが一番ですね!」
「そうです!そうです!何事も、一歩ずつですよ!それじゃあ、私はこれで!あ、鍵はこちら、WiFiパスワードは、あの紙に書いてあります!では!」
そう言うと、内藤さんは部屋を後にした。
一人残された僕は、ベトナムに着いてからの疲れがドッと来て、ベッドに寝転がった。
「はぁ〜。。何だか疲れたな。。別に何をした訳でもないけど。」
しばらくベッドでゴロゴロしていたが、ハッと思い立った。
(お金を両替しないとな。)
そう思い、WiFiに接続し、スマホのGoogle mapで money exchangeと調べると、いくつか候補が出て来た。
(一番近いのは、800メートル位か。とりあえず少し手持ちがあれば良いから、レートの良し悪しは気にしなくて良いか!)
そう思い、荷物の整理は後にして、部屋を後にした。
明日に続く。