事態も一度は収束に向かうかのように見えたセパンの炎。
しかし本日11月2日の段階で、一件落着どころかますます悩ましい状況になり、。新たな展開を見せています。
そのあまりにも赤裸々な展開は、私もグッタリと萎えたほどw
このブログを書く気にもならず…
しかし、なんとかヴァレンシアが始まる前にこのブログを完結させ、少しでもスッキリとした形で今シーズンを終えたいと奮起しています。
前回は事件の始まりについて書きましたが、それは表面的な発端にすぎないわけで、ヴァレだって前戦フィリップアイランドの一件のみで『マルクが自分の邪魔をした』と考えるように至ったわけではないんですな。
要は前々から、「どうもアイツにはモヤモヤさせられるぜ…」と思っていたんだろうと。
じゃその最初っていつなのよ?
それはやはり2013年アメリカGPラグナセカでしょうね。
恐るべきニューフェイスとしてすでにGPメンズにとって脅威となっていたマルクは、同サーキットの名物8コーナー・通称コークスクリューをグラベルにアウトしながらヴァレを抜き去り駆け下りるという離れ業を披露し、ファンの度肝を抜きました。
オフロードバトルさながらのバランス感覚に誰もが「こ、これMOTOGPだよね?」と唸ったことはまだ記憶に新しいですよね。
しかし新たなスターの登場に多くのファンが狂喜乱舞する中、ヴァレの心中は如何ばかりだったんでしょうか。
なぜならこれは、まさに2008年同サーキットにおけるヴァレとケーシーとのバトルを意図的に再現して見せたとしか言いようのないものだったから(あくまで推測)。
それもルーキーがですよ!
さらにここはマルクにとってMOTOGP世界選手権に進出してから初めてのサーキット(ラグナセカは最高峰クラスのみの開催)なんですよ!
「なめた真似しておくれじゃないの・・・」
そう思ったであろうことは想像に難くありませんわな・・・
でも一方のマルクは「ふふん、どんなもんじゃぁ!」という小生意気さで、このE難度の離れ業をやって退けたわけじゃないんですよね、きっと。
子どもの頃から憧れのヒーローとバトルができるところまできた喜びにはしゃいでいたというか(そこまで無邪気な心持ちだったかどうかは謎ですけどw)
「ねえねえヴァレ!僕覚えてるよ!こうやってたよね?」みたいな・・・
とはいえ、ヴァレにとっては若造から(失敬)挑戦状を叩きつけられたように思えたとしても無理からぬシーンだったでしょう。
結局そのまま優勝したマルクと、ポディウムでは笑顔でじゃれあっていたヴァレでしたが、心の奥に小さくも熱い火種がぽっと灯ったのが、まさにこの時だったと思います。
実はこの件以前の同年スペインGPヘレスで、マルクの「ヴァレの真似しちった!」的事件はすでに起こってたんですよね。
ラストラップ最終コーナー(それもホルヘ・ロレンソと命名されたコーナー!)でマルクはその名前の持ち主・ホルヘを強引にぶち抜いて(主観w)接触。
そしてそのまま2位でゴールエンド。
(この時はホルヘがマルクの謝罪を拒否し、大いに話題になりました、と)
この時もマルクってば
「(2005年の)ヴァレとセテのビデオで覚えた事をやってみたんだ♪」
と公言しちまいましたw
片やヴァレは勢い虚しく、優勝争いに絡めないまま4位フィニッシュ。
にもかかわらず、マルク少年がそんなこと言ってるのを聞かされたらねぇ・・・
「なめとんのか・・・」
そう感じても致し方なかったかも・・・と。
2013年はその後、オーストラリアGPフィリップアイランドでの「マルク・コースイン接触事件」があったりして、マルクのアグレッシブな走りが何かと話題になりました。
なんでアレがペナ受けないわけ?えこひいきじゃね?という批判も多かったものの、何せ速い、強いで誰も何も言えなかったわけで。
その様をヴァレはじっと静かに観察していたと思うんですよね。
なんかちょっとカンにさわる小僧(失敬)だけれども。
なんか若い頃の俺を思い出すなぁ…
こいつとのバトルはおもしれーだろうなぁ…
コナかけたら食いついてくるんだろうなぁ…楽しそう。うふ。
…ま、まぁそうヴァレが思ったかどうかは想像の域は出ないんですが、この年は火種が起こされたとはいえ、ヴァレの中でそれが紅蓮に燃え上がるということはなかったと思います。
消えない程度にくすぶっていたというか。
その後の2014年もマルクの圧倒的な強さのみが目立つ年に。
慢性的な不調に苦しんでいたヤマハ勢でしたが、後半、ヴァレとホルヘも復調の兆しを見せ始め、2015年に希望をつなぐシーズンエンドを迎えました。
そして、今年。2015年。
火種ですんでいた小さな炎がとうとう燃え上がる瞬間を迎えることに。
ドカティ時代から沈黙の潜水艦として息を潜めていたヴァレは、とうとう海底からその黒い勇姿を浮上させます。
初戦カタールGPロサインで優勝。
そして以降、数回の優勝を含めた連続ポディムゲットという快進撃を見せました。
一方、ライバルのホルヘは良いスタートダッシュが切れず、マルクもマシンの不調に苦しみます。
この状況に、ファンの誰もがそして当然ヴァレも思ったに違いありません。
「ヴァレ、今シーズンホントに優勝するんじゃね?」
今考えると皮肉なものです。
そう、この期待こそがまさに火種を燃え上がらせる大きな風になってしまったんですから。
ヴァレにしてみれば、眼前に迫り来る『引退』の前に最後の二尺玉の花火をぶち上げたい。
その思いが、彼を少しづつ追い詰めていったように思います。
しかし本日11月2日の段階で、一件落着どころかますます悩ましい状況になり、。新たな展開を見せています。
そのあまりにも赤裸々な展開は、私もグッタリと萎えたほどw
このブログを書く気にもならず…
しかし、なんとかヴァレンシアが始まる前にこのブログを完結させ、少しでもスッキリとした形で今シーズンを終えたいと奮起しています。
前回は事件の始まりについて書きましたが、それは表面的な発端にすぎないわけで、ヴァレだって前戦フィリップアイランドの一件のみで『マルクが自分の邪魔をした』と考えるように至ったわけではないんですな。
要は前々から、「どうもアイツにはモヤモヤさせられるぜ…」と思っていたんだろうと。
じゃその最初っていつなのよ?
それはやはり2013年アメリカGPラグナセカでしょうね。
恐るべきニューフェイスとしてすでにGPメンズにとって脅威となっていたマルクは、同サーキットの名物8コーナー・通称コークスクリューをグラベルにアウトしながらヴァレを抜き去り駆け下りるという離れ業を披露し、ファンの度肝を抜きました。
オフロードバトルさながらのバランス感覚に誰もが「こ、これMOTOGPだよね?」と唸ったことはまだ記憶に新しいですよね。
しかし新たなスターの登場に多くのファンが狂喜乱舞する中、ヴァレの心中は如何ばかりだったんでしょうか。
なぜならこれは、まさに2008年同サーキットにおけるヴァレとケーシーとのバトルを意図的に再現して見せたとしか言いようのないものだったから(あくまで推測)。
それもルーキーがですよ!
さらにここはマルクにとってMOTOGP世界選手権に進出してから初めてのサーキット(ラグナセカは最高峰クラスのみの開催)なんですよ!
「なめた真似しておくれじゃないの・・・」
そう思ったであろうことは想像に難くありませんわな・・・
でも一方のマルクは「ふふん、どんなもんじゃぁ!」という小生意気さで、このE難度の離れ業をやって退けたわけじゃないんですよね、きっと。
子どもの頃から憧れのヒーローとバトルができるところまできた喜びにはしゃいでいたというか(そこまで無邪気な心持ちだったかどうかは謎ですけどw)
「ねえねえヴァレ!僕覚えてるよ!こうやってたよね?」みたいな・・・
とはいえ、ヴァレにとっては若造から(失敬)挑戦状を叩きつけられたように思えたとしても無理からぬシーンだったでしょう。
結局そのまま優勝したマルクと、ポディウムでは笑顔でじゃれあっていたヴァレでしたが、心の奥に小さくも熱い火種がぽっと灯ったのが、まさにこの時だったと思います。
実はこの件以前の同年スペインGPヘレスで、マルクの「ヴァレの真似しちった!」的事件はすでに起こってたんですよね。
ラストラップ最終コーナー(それもホルヘ・ロレンソと命名されたコーナー!)でマルクはその名前の持ち主・ホルヘを強引にぶち抜いて(主観w)接触。
そしてそのまま2位でゴールエンド。
(この時はホルヘがマルクの謝罪を拒否し、大いに話題になりました、と)
この時もマルクってば
「(2005年の)ヴァレとセテのビデオで覚えた事をやってみたんだ♪」
と公言しちまいましたw
片やヴァレは勢い虚しく、優勝争いに絡めないまま4位フィニッシュ。
にもかかわらず、マルク少年がそんなこと言ってるのを聞かされたらねぇ・・・
「なめとんのか・・・」
そう感じても致し方なかったかも・・・と。
2013年はその後、オーストラリアGPフィリップアイランドでの「マルク・コースイン接触事件」があったりして、マルクのアグレッシブな走りが何かと話題になりました。
なんでアレがペナ受けないわけ?えこひいきじゃね?という批判も多かったものの、何せ速い、強いで誰も何も言えなかったわけで。
その様をヴァレはじっと静かに観察していたと思うんですよね。
なんかちょっとカンにさわる小僧(失敬)だけれども。
なんか若い頃の俺を思い出すなぁ…
こいつとのバトルはおもしれーだろうなぁ…
コナかけたら食いついてくるんだろうなぁ…楽しそう。うふ。
…ま、まぁそうヴァレが思ったかどうかは想像の域は出ないんですが、この年は火種が起こされたとはいえ、ヴァレの中でそれが紅蓮に燃え上がるということはなかったと思います。
消えない程度にくすぶっていたというか。
その後の2014年もマルクの圧倒的な強さのみが目立つ年に。
慢性的な不調に苦しんでいたヤマハ勢でしたが、後半、ヴァレとホルヘも復調の兆しを見せ始め、2015年に希望をつなぐシーズンエンドを迎えました。
そして、今年。2015年。
火種ですんでいた小さな炎がとうとう燃え上がる瞬間を迎えることに。
ドカティ時代から沈黙の潜水艦として息を潜めていたヴァレは、とうとう海底からその黒い勇姿を浮上させます。
初戦カタールGPロサインで優勝。
そして以降、数回の優勝を含めた連続ポディムゲットという快進撃を見せました。
一方、ライバルのホルヘは良いスタートダッシュが切れず、マルクもマシンの不調に苦しみます。
この状況に、ファンの誰もがそして当然ヴァレも思ったに違いありません。
「ヴァレ、今シーズンホントに優勝するんじゃね?」
今考えると皮肉なものです。
そう、この期待こそがまさに火種を燃え上がらせる大きな風になってしまったんですから。
ヴァレにしてみれば、眼前に迫り来る『引退』の前に最後の二尺玉の花火をぶち上げたい。
その思いが、彼を少しづつ追い詰めていったように思います。