私の心は
いつだってぎりぎりで、落ちるというまでには余裕のある状態だった。
自分は無能だと認めて無責任になるほうが楽で簡単で利益があると見るほうが妥当。
周りのうわべだけということがありありと分かる。
『どうしたらいいのか』と何度も心に投げかけても一方通行。
面倒臭さと後輩への思いが交差する。
欲目だろうか?後輩は一生懸命に頑張ろうとしている。それを私たちがつぶしかねない状況をつくっているというのに。
おおむねその傷を見ているようで分かっていなかった私は、出来ないということと、やらないということ結果は同じであるということを理解していなかった。
同輩は楽観的、自分が大切である。そういった発言に対して落胆。きっと立場が違ったら同じ風に考えていた。
気持ちは分かる。
だからって見過ごすわけには行かない。でも動かせない。
なんとなく乗せたように見せかけて、それらを無視して進めなければならない。
後輩達が、無事進級し、仕事が分かる状態でスタートを切らせてあげたい。私達は無責任な先輩に引継ぎをされずに投げ出された。だからこそではないのか。
『後輩達には良くはしてあげたいけれど・・・』言葉の端々に感じる逃げ。
あぁ、私達はよく似ている。だからこそ悲しくあり憎い。
私は立ち回らなくてはならない。
自己犠牲を払おうと決心した。
けれどそこまでやる必要はないと同輩は言った。
その言葉に感動したわけではないが私は気付いた。
今の仕事と学業(将来)
どちらかをとるのではなくどちらも頑張らなくてはいけないとハッと気がついた。
今まで異常に苦しくなって重圧も増えることになる。
だからといって本文を削ることは赦されないと。
出来る範囲、努力できる限り自分を削らないようにしなくてはいけない。
私が今生きている中で無駄という余裕が沢山ある。
うまくいえないけれど、ヒトコトで言えば『頑張らなくては』と思えた。
落ち込んでいる暇なんてなかった。
楽しいはずがない。
義務感とかそういうの。
それだけでずっと動いてきた。中途半端にもなった原因であり、頑張れた理由でもある。
うまくいくように
祈ることはナイ
やるしかないのだから。
それでも上手くいくように祈るような気持ちなのは、まだまだ弱い部分があるのなと思う次第でした。