電車の中で、人ごみの中で私は先輩の面影ばかり探しているときがある。。
本人にはまったくといっていいほど会えないからなのかもしれない。
なんとなく目元が似ているヒト
なんとなく口元が似ているヒト
先輩と同じ高校のヒト
先輩のウインドブレーカーに似ていたヒト
ジョギングしているヒト
先輩と同じ漢字を使った名前のヒト
眼を追わずに入られないヒトたち。
きっと私はその人達を愛しているわけじゃないので
代わりでしかないのに
代わりとしか見ていないのに
いいヒトだから好きになったといっているのか?
もう、ずっと長い間私は代わりを探し続けているのかもしれない。
『砕けることもしないのなら、ずっとこのまま引きずるのだろに』
といわれた。その通りだとおおもう。
私は、このつかず、とどかずの場所からどうにも抜け出す意思に欠けているのだと思う。
誰かを好きで居たいという気持ちだけが、一人歩きしている
本末転倒
誰かを愛すると言う行為は、今の私にとって、只縋る行為
本当に好きだということは、きっと望遠鏡でのぞいたときに見つけられるものではないはずでしょう?
『運命』とかそういうことではなくて
突然も必然も私を満たしてはくれない。過程は存在しなくて
それは私が空っぽで、誰も満たせていないからなのか。
どうも、落ち着いているのか、ネガティブになっているのか分からない。
起伏を作用するほどのヒトが居ないだけなのかもしれない。
寂しいのかなぁ 笑。