敬愛する 中村うさぎ さん。

この人は 

『女という自意識/自我』という爆弾を抱え

右往左往し苦悩する 全ての悩める女達へ 

声を大にして叫んでいる人。

自身も苦悩に苛みつつ、大小様々な なまめかしい傷を 

絶えまなく作り続け それを 曝しながら

同胞に 大声で 呼びかけ続ける。

$☆All Of   Me!☆


『女であることに肯定的で♂からの女扱いを享受する自分』と

『女であることにうんざりして♂からの女扱いに嫌悪感すら覚える自分』

どちらも本当の自分。


中村うさぎの同胞である女達は、

分裂した自己を抱え、矛盾に悶え苦しみながら生きている。

そんな『引き裂かれた女たち』を 苦しみから救う手立てはあるのか・・?




彼女の 一見ド派手でエキセントリックな言動、立ち振る舞い

からは想像もつかない程の 

高い知性と鋭い洞察力、考察力、そして秀逸な文才を

中村うさぎ という人は 持ち合わせています。



綺麗な事ばっかじゃないよね 世の中。

綺麗な事ばっかじゃないよね 男も。女も。



少なくとも私は 中村うさぎの言う

『引き裂かれた女達』に属すると 自覚しています。



身も心も原形をとどめないって程 踏みにじられても 

それでも 辛うじて 消えかかってる 自我を抱え

必死で這い上がろうと 伸ばした手を、

更に 泥靴で踏みにじる。

そんな♂達が 憎かった。

露骨に言うと、倫理観を完全に無視し、

当然の如く『性的弱者』という役割を強要する♂達が

憎くて 憎くて たまらなかった。


私がある大事な分野で この年になっても

『主体性』を持つことに 違和感を覚えるのは

上述した内の とあるトラウマチックな経験から来ているのでは、

と思うのです。

そして、その忌々しいトラウマの呪縛から 

未だ 完全に逃れられずにいる

自分の弱さと 鈍臭さに 悉く嫌気がさし

嘆息させられるのです。




今の時代。

上述したタイプの♂達に 絶望と諦めを覚えた女達は 

悟っているんじゃないでしょうか?


白馬に乗った王子様なんて居やしない。


自分を救ってくれて 幸せを与えてくれるのは

誰でもない『自分自身』。

そして。。

自分の良き理解者となってくれるのは 異性のパートナーでなく

同胞である『女達』だと。


だから ある意味、このタイミングで 

『女子会』ブームにも 火が点き

オネエ文化も 開花してるんだと思いますよ。


私の周りには オネエ達を まるで迫害するが如く

憎悪感を露わにする♂達が数多くいますが(特に団塊世代)

そういうタイプは勿論 男尊女卑思考の強いタイプ。

こっちが げんなり。

こういうタイプの♂達に私は 自我と主体性を

踏みにじられてきたんだ、と思うと 激烈な怒りが

沸々と湧き起こってくる次第です。




この程 再び話題になった 『東電OL』のNEWSを

見聞きし 思いを馳せらせずにはいられません。。

私は 数年前、中村うさぎさんの著書中にて

東電OL事件について 知りました。


彼女は 単に性に放埓で ふしだらな娼婦だったわけではない。

彼女を取り巻く無機質な社会空間の中で

『女である事』という自意識/自我 に苦しみ

葛藤する中で 見出し、得たかったものがある。

それは『自尊心の回復』ではなかったのだろうか、と

中村うさぎさんは 自身を投影しつつ 考察しています。


『主体性をもっての自己実現』。

これですね。あの時代を生きていた彼女は、

これを 死ぬほど渇望してたんじゃないでしょうか。



このところ、『フェミニズム』の世界に 

身を投じつつある私にとっても この『引き裂かれた同胞』

が辿った悲劇の意味は 深淵で 沈吟に値するものです。



※一部、男性批判めいた(というか完全に『男性批判』か。。)
 記述があり、不快に思われた方々申し訳ありません。
 でも。 私個人の率直な考え、気持ちなのでご理解の程
 宜しくお願い致します。
 また、私が『男性全てに対し』嫌悪感を抱いているというわけでは
 ございませんので、どうか誤解のありませんように。。m(__)m
 
 


*るな*