昨日、ある方の訃報を、実家の父から電話で告げられました。

叔母のお舅さんなのでわたしとは血縁関係はありませんが
小さいころはほんと、よくしてもらいました。

子どものころのわたしは、親戚の家に親と訪問した後、
そのまま家に帰らず、平気で何日間も居座っちゃう子どもで
しょっちゅうおじゃましてよくしてもらっていました。

叔母の嫁ぎ先は農家で、我が家にはないものがたくさんあり、
もの珍しさもあってか、わたしはかなり小さかったのですが
その家の色んなものがたくさん記憶のかたすみに残っています。

まず、玄関が2つあったこと。
立派な玄関はほとんど使わず、勝手口から出入りしてました。

その玄関には、中国風のたいそう手の込んだ彫刻が飾ってあり、
木彫りのそれは山も谷も唐風の建物も、人々までもが丁寧に細工してあって、
そう、まるでジオラマのようで
他に子どももいなかったのでわたしは日がなそれを眺めて、
心で中に入っては、勝手に物語を作っては、一人遊びをしていたっけ。

トイレ、というか、お便所が外にあった。
夜はできるだけトイレを我慢していた記憶もあります。

台所が土間だった。
他の部屋より一段下がって、土間で煮炊きをしていました。
さらにその土間には石段があって、
裏を流れる川まですぐ降りられようになっていて、
洗い物は叔母やそのおばあちゃんがその川を利用していました。

勝手玄関は小屋とつながっていて、そこにはたくさんの猫がいました。
今回亡くなられた叔母のお舅さん、母方の祖父が既にいなかったわたしには
実質もう一人のおじいちゃんと同じなんですが、
夕方の晩酌では猫をそばに、おかずを分け与えながら
(わたしの父も同じことしてましたが)食事をとっていました。

その猫の1匹が悪さをすると、叔母は、ある部屋の天井にはしごをかけ、
天井の板の一部を外して、屋根裏に放り出します。

はしごを外され、反省するまでそのまま放置されます。
猫は寂しげにニャーニャー泣いて許しを請います。

原因はもう覚えてませんが、わたしも悪いことをして、
叔母に、天井送りの刑に遭ったこともありました。

基本的はおやつを買ってもらったり、いつもニコニコ微笑んでいて
本当の孫のように、それこそ
わたしにはとてもやさしいおじいちゃんでした。

後で聞かされた話ですが、
叔母夫婦にはなかなか子宝に恵まれず、
わたしの両親にわたしを養女に、とまで言っていたそうです。

その後叔母夫婦も仕事の関係でその家を離れ、
(わたしはその新しい家でも長期滞在してしまうんですが)
無事、わたしと7歳離れたいとこが生まれ、
孫であるいとこをかわいがりつつ、
わたしのこともいつまでも忘れずにいてくれました。


懐かしい記憶がまた鮮明によみがえり、
ちょっとつづりたくなりました。