短いお盆休み中に実家へ帰ったときに立ち寄った、
米沢の観光地の紹介です。(今回はテンションアップアップです

多くの観光客が訪れる上杉公園周辺はではなく、
ここは知る人ぞ知る名所、穴場かな。
今年は歴史ブームで訪れる人もだいぶ増えてるようですが。

『上杉家御廟所(ごびょうしょ)』は、米沢市街地より西にあり、
正式には「米沢藩主上杉家墓所」で、市民は昔から
「御廟」とか「おたまや」などと読んで、親しんできました。

道路から入り口はこんな感じ。
気になる☆気になる☆-20090813 米沢御廟所 037

中を進むと、杉林が歴史を物語ります。

気になる☆気になる☆-20090813 米沢御廟所 038

杉林を抜けると、石灯籠の門が。
気になる☆気になる☆-20090813 米沢御廟所 039

気になる☆気になる☆-0090813 米沢御廟所 041

右に上杉謙信が信仰していた「毘沙門天」の「毘」の旗、
左にこれも謙信が合戦で使用した「龍」の旗。

このまままっすぐ進み、正面の一番奥に
謙信の廟が。
気になる☆気になる☆-20090813 米沢御廟所 上杉謙信の墓

謙信は越後で没してますが、遺骸は上杉藩が米沢へ国替えの際
そのまま一緒に運ばれ、米沢城本丸に手厚く祀られていましたが
明治9年にここへ移されました。

ここは元和9年(1623)に二代目景勝が亡くなったときに
廟を建て位牌を納め、(遺骨は高野山に、ここには灰や冠服を)
以後歴代藩主の廟も順番に建立されていきました。
位置的には、上の画像の謙信の廟から向かって左中央に
景勝、三代目定勝は向かって右中央、
以後左右交互に外側に向かって藩主の廟が建てられていきます。

気になる☆気になる☆-0090813 米沢御廟所 044
上の画像は、右側から撮ったものです。
ずらっと並んでます。


気になる☆気になる☆-0090813 米沢御廟所 041
中央の謙信の廟から右側、
三代、五代、七代九代十一代と立ち並びます。


気になる☆気になる☆-20090813 米沢御廟所 041
これは位置を変えて左側から。
手前が十代目鷹山の廟。奥へ八代、六代四代二代と
さかのぼってます。


気になる☆気になる☆-20090813 米沢御廟所 上杉鷹山の墓
十代目藩主、鷹山の廟の正面。

わたしが子どものときから聞かされたエピソードとして、
右隣八代よりも屋根の造りが違います。

これは、それまでは入母屋造りだったのに
鷹山の時代は財政難の危機でした。
質素倹約を重んじてここからは宝形(方形)造りに
全体的に質素になってます。




☆こぼれ話☆
なんてったってここ、『上杉家御廟所』いえ、
わたしにとって「おたまや」は「庭」みたいなもので、
小さい頃はこの付近を駆けずり回ってたものです。

入り口道路の左隣に「法音時」というお寺がありますが、
その一角に昔幼稚園がありまして、
(今は移転して乳児院のみになってます)
赤ちゃんの頃からずっと通ってました。

当時は国の史跡にも指定されておらず、
今ほど観光地化もされてなかったのですが
子ども心にもやはり崇高な雰囲気には
なんだか大切な、畏敬の気持ちを持って、
でも「おたまや」という呼び名から
身近に上杉藩という存在を、あたり前のように
とても親しみもこめて過ごしていました。
うまく言い表せませんが。


近くに神社があり、そこも杉の大木で囲まれていて、
滑り台や雲ていなどの遊具もあり
(この日一緒に立ち寄ったら、まだ当時のまま残ってました!)
子どもみこしや盆踊りで賑わったことを思い出し、
懐かしく思いながら一緒にまわってきました。



参考サイト:
横手市公式ホームページ「城下町ぶらり歴史探訪」内「御廟所」  より