悲しみは過去へ棄ててこなければならない

だがその悲しみは一生忘れる事は許されない。
それが、キラとしてのスタンスでわたしが立ち上げた志。
貫き通さねばならぬ信ずべき正義だ。

あれからXキラはその活動が激しくなっていった。
その狂気は日本に留まらず世界のありとあらゆる中心都心部をその深い爪で切り刻んでいった。
Xキラが殺戮で利益を稼いだならば、わたしの行動的に不利だし制限がかかる。
この不条理なゼロサムゲームを今すぐ中止させねばならない。
Xキラは逆上したのか、更に急ピッチに破壊殺戮を執行していく。
あたかも己は「負けず嫌い」だと主張するかのように。残虐に。
誰もキラに逆らおうとはしなかったが、不特定多数の一派は“打倒キラ”をジャスティスとし、水面下で活動を続けている。
--そしてこの街にはそんなグループが存在している--

「?」
ある日街の片隅で小さなチラシを拾った。
「“打倒キラ”
キラが牛耳るこの地球を解放しよう
キラを世界から追放しよう」殴り書き。
あまりに盲目、愚行。
キラの真の力にふりまわされる者達。
いわば“玩具”
「ふ…
玩具か、おもしろい」
あての無い未亡人を装ってわたしはこのグループに入団した。
しかし--

「なーっはっはっは!
俺様がキラの野郎を星の彼方へいつかぶっ飛ばすスーパーウルトラヒーロー…
ヨシアキ様だぁ!!」
この荒田嘉明なる男の無駄なアグレッシブ姿勢には、つくづく呆れる。
荒田はこのグループの団長であり、あのチラシを書いたのもまたこいつだ。
にしてもえらくギャップが激しい気がしてならない。
わたしを含めグループは五人。
荒田
向野
福本。
そして荒田いわく、この薄暗いアジトのどこかに潜んで読書をしている少年がいるらしい。その名は、城戸川。

作戦会議があるというので、わたしは自らその少年を探しにアジトの廃校を回る。
これがなかなか難航し、気付けばもう15分は経っていた。
校内放送で呼びかけようと放送室へ入ると--「お兄ちゃん…誰…」
ハンチングを深く被った、いかにもお坊ちゃまというような風貌の少年が椅子に座っていた。
鋭い視線がわたしを圧倒する。
「城戸川君かね?」
「わかってるよ。行くよ」
そう言うて彼は蛇の如くわたしの脇をすりぬけ、軽快に講堂へ走っていった。
「城戸川…みこと……」
講堂では荒田や城戸川ら他のメンバーを含め、わたしに大目玉を向けて睨んでいた。
まるでわたしが遅参したかのようだ。
「え、えほん!…
んじゃあこれよりぃぃぃぃ
第4回キラ対策会議を開始する」
会議は以外にも核心的な議題で進められ、荒田もいたって真剣そのもの。
「キラはまた破壊殺戮を開始しやがった。だが相変わらず、それを止める手だてが無いのが厳しい現状だな」
今この会議は福本を中心に進行している。
他の者達の真剣な眼差しを見る限り、彼らは皆が団結してキラを討ち滅ぼす事を志す者達だ。

--だが、ツメが甘い--

「!?」
論案の応酬の中、わたしは討論デスクをたたき付けた。
「それでは我々の目的など達成できん。
キラが仕向ける数多のアクションに、ケースバイケースで対応できぬ限りはこのコミュニティは意味を成さん」
とくに荒田の目は、その弁論を淡々と述べるわたしに熱い眼差しを送っていた。
同時に仰天した眼差しでもあった。
他の者も同様にわたしの熱弁に驚愕した顔をしていたが、賛同の意が伺える。
沈黙がしばらく続いた。
そして荒田は
「そ…そうだな……」
と渋々といった納得で顔を伏せた。
「どうした?」
わたしは問う。
「君の言い分はごもっともだ。
しかしなから、キラは素早い。
我々が追いつける確率は極めて低い」
向野は丁寧な口調で言い改めた。
確かに凡人からすれば、キラの裁きを憶測や勘で予想して動いたところでいい的になるだけだ。
しかし世界の犯罪者が公表されなくなった今、キラの潜伏場所はしぼられる。
わたしは言い聞かせる。
「冷静に考えてみたまえ。
キラはこれまで、あらゆるメディアで公表された犯罪者の裁きしか行ってはいない…そして今全てのメディアは犯罪者公表を禁止、規制した。
では、今のキラの主な動きはどうだ?」
冷たい声が返ってきたかと思うと、ハンチングの城戸川少年だった。
小さな背をまっすぐにし、直立してわたしを見上げて
「犯罪者が公表されないから、無関係な一般人をやみくもに殺害している…」
明確かつ手早く応えた。
「その通り」
わたしはその弁功を讃え、続けた。
「しかもキラはその街にとどまり、街から人間全て消し去るまで裁きを行っているように思える。
つまり今、原因はどうあれ死者が異常に多発している場所が…」
「キラの潜伏地域」
皆は口を揃えて納得した。

しばらく会議は続き、方針が固まると荒田は閉会を指示した。
だが皆の表情には明るみは無かった。
一人一人の表情が悲哀や怒りで塗りかためられ、溌剌とした元気などない。

それも無理は無い。
何故ならこの街では死者が続発し、ゴーストタウン化してしまいそうな状況だから。
つまり、この街が「キラの標的」だから。

彼らのグループに入ったのには別に理由がある。
わたしの行動理念は、まだ【キラ】だ。
故にわたしはそれに準ずる。
荒田嘉明は、わたしが葬る。
このグループを乗っ取り、Xキラを追い詰める。
それこそが真の目的--

「なあ」
「どうした、リューク」
リュークは以外そうに聞いた。
わたしの非情さを嘆いていた。
だがいたしかたない。
物心ついた頃から、わたしの眼に写る全ての概念は邪魔でしかなかった。
人間も社会もなにもかもが、幼稚な詭弁で理論武装された空疎な現状が。
そんなグレーな世界が大嫌いになっていたのだから。
わたしはキラだ。
無粋で残酷な性格でなければここまで至る事は無かった。
だからこそ今、わたしは絶対的自信と誇りを持てる。
そしてこの侵略で、どちらがエンパイアーであるかをXキラにわからせてやる。

翌日、またこの講堂に集まった。
昨日の閉会時と大差ない表情で皆は集まった。一人を除き。
「あれ?城戸川坊ちゃんは?」
表情が二転三転する荒田。
そういえば城戸川少年はこの場にいない。
不穏な空気が漂いはじめた講堂で、皆は動揺する。
「何か聞いてないのか?」
福本は聞いたが誰も答える事は無かった。
城戸川少年は結局数日間、会議に顔を出すことは無かった。

-ある日思わぬ訪問があった。

「?…荒田」
「頼みたい事がある」
それが城戸川少年についてだというのは薄々気付いていた。
「彼の…説得?」
「そうだ。頼むよ魅上!!
俺達じゃあ駄目だった
何も答えてくれないんだもんよ」
荒田は土下座の意味をわかっているのか、何度も何度もしてみせた。

「わたしに断る理由はない」
「ホントか!サンキュー」
それに、あの少年には興味がある。

街の一角、小さな一軒家。
表札には【城戸川】という崩れた文字。
そんな渇いた玄関をくぐってインターフォンを押した。
「ピンポン」と淋しく浮き沈みの無い音が響く。
「すみませぇん」
荒田曰、少年は父子家庭だそうで、母親はキラに殺されてしまったらしい。
無論、そのキラはわたしではない。

いくらボタンを押せど、呼びかけど、なんの応答はない。
と、「パリーン!!」
何かが家の中で弾けた。
あの強く険しい音はガラスだった。
「っ!?…」
ただならぬ第六感。
言い知れぬ奇妙な空気が漂っていく。
裏に回ってみると締め切られた窓とカーテン。
わたしは硝子を蹴破った。

普通はものの数分で警官に押さえ付けられてしまうところだが、この街にはもうその概念は無い。
「城戸川くーん」
呼びかけは無い。
土足で踏み込んでしまったことに申し訳なくも、そのまま部屋を回る。
一階にはひっくり返った棚やたんすがあり、何かしらの事件を連想させる。
壁やカーテンなどには水玉模様で微量の血痕が付着していた。
「おいおいいいのかぁ?」
「質問ばかりだなぁリューク」
と、廊下にさしかかる。
玄関からの木漏れ日に艶やかに光っているのは階段へのびる水玉の血痕。
階段もまた然り。
「悪しからず」
わたしは土足で二階へあがる。
ふと次第に淡く聞こえてくるのは、何かがたたき付けられている音。
その部屋は二階に上がった廊下の1番奥にあった。
そしてわたしはその障子を開けた--


「へ…どうした?
何か言ってみろ小娘が」
「……………」

激しく床にたたき付けられているいたいけな少女が居た。
そしてそんな理不尽な極刑を執行するのは肩幅の広いやつれた男。
認めたくはないが、どうやら彼が少女の父親ということらしい。
そして、彼がXキラであるということ。
「なんだ貴様は?」
「わたしの名を語ってどうします?
あなたにはもうわかっているのでしょう?
キラ…」
図星を突かれて狂ったのか、下品な笑いで男は返す。
「何か言ったか?フヘヘ」
どうやら、彼は死神の眼を開眼させてはいないようだ。
そういえば、リターがいない。
「その娘からはなれろ」
男はナイフを片手にわたしへ振りかざしてきた。
男にとって生憎だったが、わたしは空手初段である。
「ぬぁ!」
いともたやすく男のナイフは宙を舞って吹き飛んだ。
男は押さえこまれる前に決死に抵抗して二階から飛び降りた。
「逃げられたなぁ」
リュークは生意気に言った。
男はあっという間に街の闇に消えた。
そして、安静が部屋を包み込む。
彼の寿命は見えなかった。
だがもう解る。

-キラは彼で決まりだ-。

ところで少女は部屋の片隅で震えていた。
膝に顔を伏せて、こちらを向く気配はまったく無い。
「君は…?」答えは返らない。
城戸川少年で無い以上、詮索は無駄と判断した。
わたしは気を汲み取り、荒田に連絡し落ち込んだ少女を部屋に置いてその場を後にする。
公園でしばらく休む事にした。
後にやってくる荒田にわたしは告げるであろう。「キラが見つかった」-と。
だが腑に落ちない。
あの中年男性が今世界を混乱させ、人々を次々に殺害し、ミサを葬り去ったあの“Xキラ”なのか。
わたしの本当の“敵”なのか。
あの邂逅、彼は狂気が満ち溢れていた。
まるで何かが彼を動かしているように。
何者かに操られているかのように。

「リューク?」
「ああん?」
「わたしからの質問だが、デスノートに名前を己の名書いた者は、自分がそれに操られるように設定はできるか?」
「流石にそれは無理だな」
謎はただ深まる。
気付けばもう夕方6時。
小腹が空いたので一口、自ら握ったおにぎりを食べる。
「おい!くれよ」
「ふ…果物だけじゃなかったかな」
「何となくだよ!ほら」
「待て…」
「ん?」
何かが歩いてくる。
それは小さすぎる豆粒だが確かに人間だ。
わたしの目先約100メートルの地点の道上にその人間は確認できる。
それが公園に入る。そしてわたしの間近に迫り、自然な速度で静止した。
見覚えのあるハンチングに、中学生を思わせる背丈。
城戸川少年である。
相変わらずその顔は直接には見えない。
「どうしたんだい?
そう言えば家に君ぐらいの女の子がいたけれど、友達か何かか?」
少年は応えない。
「っ…」
「な!…」
少年はわたしを抱いた。
小さな肩は小刻みに震えて、少女を思わせるほど細身な体を合わせて。
その震えがあまりにも強かった為か、ハンチングの帽子が地ににずり落ちた--

そして、わたしを抱いていたのは。