何物だったのか。

それはよく考えてはいない。
しかしLとはまた別の意味で驚異と成りうる。
謎の能力者は仮にXキラとしよう。
そしてそのXキラは間違いなくデスノートの力を用い、あの青年の殺害を行った。
しかも、従来キラが行う裁きとは真逆のまるで人がゴミのような残虐下劣極まりないただの凶悪殺人。
あのような裁きを試行していたなら、この世界から不安材料は取り除けない。
それどころか、キラの存在自体が世界にとっての驚異になってしまう。
そうなれば最後、世界はまた腐敗して壊されていく。
それだけは確実に回避しておきたい。

悪い予感というのは当たるもので、翌日からあらゆるメディアがキラの裁きに不和を唱えた。
犯罪者以外の人間が死んでいく実状に、人類は恐怖している。
キラは否定されつつある。

「どうする気だ照ぅ?
キラの支持者は減っていってるぜ」
「Xキラの介入によって確認された事件はあの一件のみ…
多発すれば間違いなく世界は混乱する
今、わたしに解決策は浮かばない」
「やばいんじゃないか?」
「絶望的な状況だな…」
Xキラは全てが謎。
今すぐにでも削除してやりたいが居所は掴めそうにない。
わたしには今回の裁きが、彼の殺人実験に思えてしまう。
というのも裁きの対象と方法があまりにも適当過ぎる。
裁きはあのような横暴で行う事ではない。
それはキラの思想に反する。
力に溺れた愚かな人間でしかない。

二日間都心部では、表通り、スラム街を問わず怪死事件が激増。
日に日に民の姿は消え失せていき、大量の腐敗死体が散乱し有毒ガスまでも発生させる。
堕落した街。
「僅か二日で都心は壊滅…
街はもはや、ラクーンシティです!」
人気のホラーゲームに出てきそうな街の名だった。
しかしそれはあながち間違いでもなく、無惨な死骸があちらこちらに蔓延って、混乱に乗じてゾンビを思わせる賊が街の各所に出没し始めていた。

わたしは久々に青ざめた。
窓の外の街は無明荒野。
夜中騒がしく音を起てる家のドア。
ゾンビどもが獲物を補食する為に何人も何人も叩き続ける。
「照君…恐い…ミサ恐いよぅ…
う…うあぁあ…」
いつも以上にミサはその身を震わせて、わたしの肩へ救いを訴えてきた。
「落ち着くんだ…ミサ」
ミサは素直に落ち着く様子は無い。
心なしかあと数日で生涯を終える筈のミサのターコイズの澄んだ瞳が、まだ果ての無い生を感じさせる。
わたしはミサに平静を与える為、デスクのノートを取った。
「リューク!」
「あいよ」
--死神の目を持つ者は、憑いた死神との意志精通によりその死神が現在目にする光景を見る事が出来る--
このルールが無ければ、デスノートにはまだ弱点があったと言える。
12人という削除志願者。
一つずつ返ってくる断末魔を噛み締めながら、着実に一人ずつ削除していく。
ゾンビどもの気配が外から消えていく。
真っ先に安堵を浮かべたのはやはりミサであった。
扉を開ければ、幾重にも連なる死体、死体、死体、死体。
この惨い光景は、わたしの目に留めておくだけでいい。
死に行くミサに、無駄な干渉は必要無い。

「おい?何やってやがる」
「…リューク?」
困惑するリューク。
「え?俺?」
様子がおかしい。
いや、わたしが見ているこの光景が歪んでいる。
湾曲したリュークの巨駆、それに交じりゆく赤や青の流線形。
気を確かにすれば暗闇の中、わたしは鏡と向き合っていた。
幻覚。
いつかリュークがわたしに言った。
「デスノートのデメリットは、使用者に訪れる虚無、恐怖、幻覚……」
キラとしてあるべくわたしはこの制約を克服した。
神に仕えていた頃にその基盤は完成していた筈だった。
度重なる悪感、憤り、過ち。
繰り返すうちにこの基盤は脆く錆び付いてしまっていた。
結果、わたしは今幻覚を見ている。
現実のわたしはリュークの姿を見つめて呆け佇んでいるだろう。
鏡に映ったわたしの表情はただ虚しく、切なさを抱えて苦悩に震えていた。
秒を追って窶れていく鏡のわたし。
まるでこの先の未来を予見しているかのようなリアルな幻。
気持ちが悪い。
早くこの空間から誰か解き放ってくれ--

「それがキラの姿か……
こっけいだな!」
鏡の中から聞こえてくる声。
先ほど聞いたような鋭いナイフのような軽蔑の声。
「違う…わたしは……」
「違う!?
違わないだろ?
おまえの理想を人類は受け入れようとはしないんだよ」
鏡の中のわたしは漫画のように目と口を尖らせてわたしを睨み罵る。
「ぶざまな。
神に身を委ね、あの時にその生経っていれば救われたものを……」
「わたしは…わたしは己の道を…」
「間違いだ。
おまえにこの世界は重すぎる。
とっとと諦めてノートに名前を書け。
それこそが救いの道…ぷっくくく」
「やめろ……」
「ふははははははははっ!!」

「言うなぁああああああああっ!」
仰天するリュークが視界に入ると、暗黒は晴れていた。
「大丈夫か、照」
けたたましい冷や汗。
静かな部屋の中心。
無風の領域は肌を痛める。
ミサはただただそれを見守っていた。
彼女もまた、動揺を隠せていない。
「照、だいじょう…」
その一言を聞き終わるまでにわたしは部屋を飛び出した。
街の中を絶叫しながら走り抜ける。
その威圧感からか、ゾンビ賊も阻もうと飛び出しては来ない。
街の1番大きな交差点でわたしは膝から倒れこんだ。
二、三回転させて転んだので、節々が激しく痛む。
「キラ!!
さぁ!わたしを殺してみせろ!
出来るだろう!?さぁ!!」
殺風景な街の隅々にその叫びはこだましていった。
胸を押さえてみても苦しくはならない。
首を掻きむしっても痛みを伴わない。
ただ虚しくその場でわたしはのたうちまわって叫び続けた。
「殺せ…殺せよ殺せっ!!
……殺せ………!」
何度叫んでみても応えは返ってこない。
今思えばおかしなそれも奇妙奇天烈な光景には違いなかっただろう。
誰もいない歩行者天国の中心で、喉枯れるまで大声を張り上げるというなんともこっけいな姿。
空の色はくすんでいた。
機械から見た空は灰色に見える。
チャーチルも、そんな空を見た事があっただろうか?
何も見えない。
「照…」
ミサは憂鬱な面持ちでわたしに手を差し延べた。
暗い暗い無明荒野、それは今のわたしにとってこの上ない救い。
だが受け入れるのは難しい。
ミサの姿を見ると罪悪感に駆られるのだ。
彼女をあと一日の命にしたのはわたしだ。
死んだ人間は蘇れない。
死んだ後は「無が待つ」とリュークは言っていた。
死神の忠告だ、説得力は満ちあふれてる。
「うっ…照ぅ…」
ミサは泣いている。
その哀しみがわたしの苦悩を憐れむものだとしたら哀しい。
わたしはこの23日で彼女のありがたみに気がついた。
かつてはただ利用して、奴隷としての価値でしか彼女を見る事はなかった。
今は違う。
わたしには彼女が必要だ。

ミサの腕に抱かれてわたしは細々と空の彼方に呟いた。
「どうか、彼女のあと一日が、嘘でありますように」と。

ミサはまだ、啜り泣いていた。