逆境を押しのける勇気はわたしにある。

「先日の桶原町での連続多発死亡事故についての情報が……」
わたしにとっては解りきったそんなニュースがテレビのスピーカーから流れてくる今は正午3時30分。
気晴らしに飲んだアールグレイは静かな部屋に快楽と優越を演出する。
わたしがキラとして行動する以上、対抗勢力は無慈悲に叩き潰さねばならない。
そしてその行為の善し悪しは、後の世が受け入れればそれで構わない。

その日から桶原町は、キラの見えない統制により弾圧された。
だがそれでも世界のどこかでは、キラに抗わんとする者や、キラなどに見向きもせずに非道の限りを尽くす犯罪勢力が日々、頭角を現してきている。
つい最近には町一つがキラへのみせしめとしてテロリストに侵略された。
更に肯定派、否定派と極端に二分された発展途上国では内戦・紛争が拡大し被害は絶えない。
わたしはキラとしてこの実状を激しく遺憾に思う。
だがそれはまだ人間は完成していない証であり、時に連れて鎮静化する。
人も病にかかれば薬を飲んで完治せんとする。
薬を飲めば、副作用がある。
今の世界はさしがね、副作用に苦しむ病人といったところ。
そしてその病を収め、泰平へと導くはキラというワクチンだ。
「おもしろい話しだな」
わたしの例えはリュークに笑われてしまった。

Lの事を思い出した。
Lは今本当に捜査しているのだろうか。
あまりにも平静過ぎる。
裁きのリズムを変えたキラを、注意深く観察するようになったのか。
あるいは既に核心まで迫ってきており、無駄なアクションを起こさず潜んでいるだけなのか。
ここ数日わたしはかなり動いた。
だがLの陰らしき罠は見受けられない。
興信所や探偵事務所は嗅ぎ回っていても、Lを思わせる調査員など現れなかった。

「わたしはもしや試されている?」

どれ程功績を積んだ者でも、その地位に見合うかを誰かに試される。
ノーベル賞に申請のみで受賞した奴がいたならば、それはわかる。嘘だ。
ならばわたしは欲望の赴くままにキラを演じてみせよう。
世界に認められ、キラが支配する泰平の世界を築く為に。

「………苦いな」
わたしは今オープンテラスに腰かけて、恐らくウェイターが間違えて持ってきたブラックを、アイスコーヒーとして渋々飲んでいる。
「デスノートにウェイターの名前
書くか?」
右の耳から入ったリュークのあからさまな冗談をわたしは左へ聞き流し、ある一点を見つめた。
女性のウェイターが白銀トレイを抱き抱え、苦悩しながら店の厨房へと消える。
彼女の歩いた軌跡を辿った先の席には20代前半であろうか。椅子が四つのテーブルに若い男性五人が奇抜な恰好で座っている。
もっとも五人目は、テーブルの真ん中で胡座をかいているが。
「でさ!?
カズマの奴同じ女と五回打ったとかいいやがるんだぜ!?超ウケるっつの!!」
わたしも人間の中ではまだ若い世代に位置するが、こういう人種の話題云々には正直疎い。
リュークは終始笑っていたが、わたしは冷静にそれを軽蔑した。
ノートの使用を考えたが、それには及ばない。

帰り際、五人目の男と目が合った。

キラである為にわたしは最善・効率的を尽くし、行動を心掛ける必要がある。
Lがもし水明下で捜査をしていたのならばなおの事。
ニュースや新聞に興じてみれば、【L、デマ捜査】の一文が。
かつて神が対時した男・L。
全国ネットでテレビ画面を牛耳る力を持つ程だ。
神にとっても、脅威だったのだろう。
だが今は動く事は無い。
ゆっくりと地盤を固め、いぶりだせばいいだけだ。
「照、はい…」
思案を続けるわたしの前に、深めの皿が置かれた。中身はパスタだった。
頬に突き立てた拳を放ち、ミサを見上げて言う。
「なんだ…?」
「パスタ…作ってみたんだけど……
味見……してくれないかな?」
手渡されたのはフォークとナプキン。
まるでわたしが食べる事を承諾したかのような誇らましい表情だ。
午後4時45分。
気付けば今日わたしは一度も食事をしていない。
「わたしは『食べる』とは言ってないが…
まぁ、ここで断るのも無粋だ。
いただきます」
「本当!?うれしぃ!」
これまで見せた表情の中で最高の笑顔を振り撒いて、いざ食さんとフォークを持ったわたしに彼女は抱き着いた。
「食べれないだろ」
そう言うと彼女は我に帰り、両腕を背中で交差させた。
誰かの手料理を食べるのは母親の料理以来だったので、不思議とこのパスタに親近感が沸いた。
一口目を口に入れる。
それほど悪い味ではない。
結構な味付けの施された、洋食店レベルのごく一般的な味。
だと思った。
「!?っ……これは!…」
数秒後わたしは思い知らされた。
ほんのり広がるミントにサフランフレーバーが絡み、パスタの味をひき立てる。
その瞬間豊潤なまでの旨味が更に口全体に浸透していくのだ。
「ミサ!!やるじゃないか」
「え…?そ、そうかな…?
でも、ミサうれしぃよ」
久々に食べた誰かの手料理は、とんでもない完成度をほこっていた。
気分を良くしたミサは
「じゃあまた作ってあげるね!」
と言って近隣のスーパーへ買い出しに出かけた。

時刻は5時を回っていた。
ミサを追うようにわたしは単三電池を求めて街にくり出した。
近くにはコンビニは五軒ある。
「おい。ぶどうはもういいからりんごくれよ~」
そんなリュークの要求をよそに、わたしはセブンイレブンの自動ドアをくぐる。
週刊雑誌のコーナーに、やけに人が多すぎる。
レジ打ちが手早い店員に心より感謝し、店内を出ようとした時--
「おい待てよ!!」
急ぐ若者達は店の外へ何かを追って走りだす。
全員がその場を後にした店内で、わたしは一人ぽつんと佇んでいた。
少し興味を持った。
わたしも急ぎ彼等を追う事にした。

既に闇に包まれた街の路地裏を彼等は全速力で駆け抜けていく。
日々ジムで鍛えた体にはなんて事は無かったが
「お~い!待てよ照!」
リュークだけは後方に遅れをとっていた。
それから幾度か無人の道を彼等は走り抜け、地域の公園にたどり着いた。
物影でわたしは彼等の追跡対象を見つめて探る。
「ゆ…許してくれ…」
昼のカフェテラスでテーブルに座っていた青年だった。
「テメ…チーム抜けるとかナメた事言ってんじゃねーぞ!」
「ただでチーム抜けられるとか思ってんかよ!?」
どうやら彼等は共通してこの界隈に蔓延るチンピラという事らしい。
ただならぬ殺気が充ち満ちていた。
「許し……てくれぇ…」
何故だろうか。
不思議と青年は何かに操られたように生気の無い顔色をしている。
まるでデスノートに名を書かれてピエロと化した死亡前の者のように。
客観的に見ても、彼が酷くパニック状態である事は明白だった。
口からはよだれを垂れ流し、目は虚ろで、全身は痙攣したように震えている。
昼の堂々とした姿は全く見受けられない。
「ふざけんなァ!!」
一人が焦り彼目掛けて鉄拳を浴びせた。
だが次の瞬間--

「なぁ…あぁ!?」
いびつな音を起てて、現場には青年の頭蓋が飛び地って、肉片が散乱した。
青年達は逃げ出して、後に警察が遺体を回収したようだが。
これは間違いなく。

「デスノートの力だ…」