以前にも買いたけど、

7月6日  施設からの電話で父緊急搬送。

もう駄目かと思ったが、なんとか持ち直した父。


どうせ、いつかは逝くからと、葬儀社3社に見積もり出し、その時が来たら慌てないようにしておいた。


姉さん、19日、20日と広島旅行。

その間の事は、妹と、孫である我が長男に託し、楽しく・・・


母は、父が持ち直した事に、大阪弁で「しぶといなぁ」と(笑)

旅行中

ちょうどロープウェイ🚡の乗り継ぎの時電話が。

透析の先生からでした。

「もう、壊疽も酷くて透析中断しても同じなので明日からの透析無しにしようと思いますがどうしますか?」と。

私達家族は、透析が辛いと前から言っていた父も知ってるし、あの状態で苦しんでるのもわかってるので了承しました。


旅行から戻って、父の面会21日を予約。

本来なら、その病院は、3日前予約で1週間に一回家族2名のみだけど、

前日から看取りに入ったので2名で1日何回でもオッケー。

ただし1回15分。


20日私の娘が1人で行きました。その後は、妹が甥っ子連れてお嫁さんも行きました。

その時は、こちらの呼びかけには反応して元気そうだったと。

そして、翌日

私は1人で行こうと思ったけど・・・

出て行った末妹の子供(甥っ子)に連絡して連れて行こうと。


この子M君は

中学校の時妹が男と駆け落ちしてから、ずっと引きこもり。もう36歳になるのに、ずっと家にいます。


うちの長男とM君は1番父に可愛がられたのです。

M君は携帯もないので、そのお父さんに連絡したら来るというので、病院で待ち合わせ。

もちろん、1人では来れないのでお父さんが乗せてきました。


私は、末妹もその元旦那様も許さない!

なので、今回は身内だけなのでM君だけ面会でと言いました。


看護師に聞くと、この日は入院して初めてプリンをほんの一口食べたそうで、看護師も驚いてました。

きっとM君に会いたかったのだと思います。

病室入って、父の顔見たらM君は大粒の涙をタラータラータラー

そして、壊死してる足を看護師さんが私達に見せました。



ごめんなさいグロイ画像なので・・・



右足はもっと酷くて、膝下半分まで進んでいて、小指と薬指は皮がめくれて骨見えてました。


それを見てM君は声をあげて嗚咽ガーン


私はM君の肩を抱きしめて

「お爺ちゃんは、今必死で戦ってるんだよ、生きるという事に必死なんだよ、M君も色々あるだろうけど、死ぬより辛い事はないんだから。M君も逃げないで頑張らなきゃだよ。」と言いました。


M君は、泣きながらうん、うんと。

私・・・父の事で今まで泣いた事は無いのだけど、M君の姿見て泣いてしまいました。

この子の心に何か残す為に、父は今必死で生き抜いているのだと思いました。


話しかけてもその日は目を瞑り返事も無し。

時々モニターからピーと音が・・・ショボーン


その日のM君は、初めて自分の口から、

「お葬式どこでやるの?」と。

自分の意思を全くしなかった子が初めて‼️

私も、一緒に行った妹と我が長男も驚きました。

お爺ちゃんの姿を見て少しづつ変わって行くと確信しました。


父  痛み凄くて痛み止めを使って欲しくて先生と面会したい旨伝えました。

翌日  妹が妹婿と一緒に行った時は、可哀想で見てられないと。息も苦しそうで💨

壊死も進んでいて、膝まで。そして、両手にも。


先生との予約は月曜日に取れました。


月曜日24日、私の旦那様と長男と父に面会。

驚いた事に、とても状態が良かった




酸素2リットルのみで、サット100は凄いと長男。

これは長くなるねと皆んなで話してました。

看護師もめちゃくちゃ状態いいと。


で先生と面談。

透析の先生と連携取れてないのがよくわかりました。

まず状態は、肺の膿は癌からだと思いますと。

そして壊死も酷くなってると。

このまま行くと腎不全か心不全で亡くなりますと。

なんで透析やめたの?と聞かれる。

透析の先生からの連絡でこれ以上透析続けても苦しめるだけだと言われたのでと言うと・・・

よくわかってますか?透析やめるのは殺人と同じ事ですよ、貴方人工呼吸器の管を外すのと同じですよと先生。

もちろん、ここ何年も色々調べてきた姉さん、そんな事はわかってる。

だけど、あんな状態で積極的治療もしないのなら早く逝かせてあげたいと思ってました。

だけど、痛みだけは取ってもらいたいので、痛み止めお願いしました。

この先生は、痛み止めは使わないとびっくり

腎臓に負担になるからと。

あの状態で腎臓に負担?もうすでに腎機能は無いに等しいのに。

もう看取りなのに。

結局、父は痛み止めは使えませんでした。


ただ、今回は、私の声かけに反応。

「ヨシ来てくれたよ」と言うと

「わかるう・・・」と小さな声で。

そして、私の呼びかけにも頭を縦にしたり横にしたりと反応あり。

呼吸数も、酸素も血圧も良好。


こりゃまだまだだねと帰り道で話しました。

なので、月曜日まで休み取っていた我が息子にも「解散〜、おかんも明日仕事行くから」と。

水曜日26日も何事もなく、夜を迎え

11時20分  さて!お風呂入ろうかなと思ってた時

何か音が・・・

病院からの連絡は全て姉さんの携帯。

姉さんちの電話は、母いるため音を最小限に抑えてほぼ家電にはいつも出ない。


だけど、胸騒ぎ

電話取ると・・・

「◯◯病院です。お父様が急変なのですぐに来て下さい。何分で来れますか?」と。

30分くらいと言うと

間に合わないかも知れませんと。


姉さん夕方ビール飲んでいたので寝てた次男起こして車出してもらい、病院に近い長男にも連絡。

そして妹は携帯ほぼ見ないので家電に。


姉さん達着いたのが11時55分

妹は遠いのでまだ来ません。

姉さん達着いた時には、父はもうすでに息を引き取ってしまってました。


涙は出ません。

若い看護師さんが泣いて説明してくれました。

30分前まで、安定していたのに、急に血圧が一気に下がり、息が止まり、最後に心臓がと。

エンゼルケアしている間に、葬儀社に連絡。

妹も駆けつけてきました。


明日、火葬式です。

また綴らせていただきます。