見る専門になっていました。

年中さんになった娘

なかなかの強敵

です(笑)


パパとともに誰にも頼らず

両親も他界し独りっ子の私は

幼稚園も近所じゃないので

キツイ時は本当にキツイ‥

でもね、分かってて不妊治療して

やっと授かって出産して育児して

全部分かっていた事でしょと‥

頼れない事くらい。


それは置いておいて

更新しなかったと言うか出来なかった

理由の1つに

大切な家族、猫なんですけどね‥

娘が春休みに入ってすぐに

虹の橋へ旅立ってしまいました。

急でした。

「あれ?なんか風邪?」「明日

病院だなー」なんて思っていた

のは夕方、夜にはもっと体調が

悪くなり「急性腎不全かも‥」と

思いながら翌朝、診察時間前に診て

もらいました。

体温もエラー(低くて測れない)

ショック状態‥

獣医さんも戸惑い

とにかく即、検査から保温と

始まりました。

診断は急性腎不全ではなく


糖尿病性ケトアシドーシス

まさかの血糖値650


年末に検査を受けた時には

何も無かった


先生もあまりにも急で驚きで

「こんなショック状態で来た子は

初めて」と


でもこの状態を抜けての話もして

いたから


帰って来た時、食事療法やインシュリン

生活環境を考えてAmazonで色々ポチ

していました。


その子、ペラは鼻に管を入れ

そこから栄養とインシュリンが始まり

翌朝、クリニックで電話をしたら

「昨日と状況はあまり変わっていない

けど保温が嫌みたいで足でけって

ます」「少し良くなって来ると

グーンと良くなって来る子が

多いんですよ」と‥そんな話をして

電話を切った15分後、クリニックから


「ペラちゃんの心臓が止まってしまい

今、心肺蘇生をしていますが‥

どれくらいで来れますか」と


娘を置いて行くわけにも行かず

すぐに行き、心肺蘇生をしている

ペラがいました。

「普通ならこれくらい蘇生をす

れば戻って来るのですが‥」的な

事を言われた様な気がします。


管を口から入れて舌が出て

そんな姿を見てたら


「もうやめて下さい」


娘は怖くなってしまいペラを

撫でてあげる事が出来ません

でした。


前にいた子を腎不全で亡くした時は

もう頑張って頑張って‥

お母さんにお願いしたんです。

「もう迎えに来てあげて」と


だから心の準備は出来ていたのかな。


ペラはそれが無くあまりにも

突然で

もうすぐ4ヶ月になる今でも

後悔しても遅い後悔と

悲しみと

もう会えない悲しさ

触れれない悲しさ

ただただ辛くて


私の事が大好きな子でした。

いつも抱っこ。




時にはこんな感じで娘と2人抱っこ

娘のおままごとの相手も無理矢理

させられてたなー‥


私が悲しんでいたらペラが

心配する‥

そう思うのに「虹の橋なんて

あるわけない、死んだら無だよ、

何もなくなる」と思って

しまったり

ペラをよく抱っこしていた場所

で名前呼んで撫でてた感触を

思い出したり‥


完全なペットロス


あんなに動物好きな私が

もう飼いたくない‥

そこまで思う。


娘もいるし

家庭があるけど

失った辛さだけは

少しずつ‥受け入れて行かない

と‥と思っています。