さて…

こう夜も更けてくると、嫌な記憶ばかりが頭を過ぎるものです。

母親に早く寝ろと怒られてから早 数時間…
これがバレればまた怒られる時間ですね。



11月の初め、
私は源氏の君と都内の大学へ見学に行きました。
彼は受験生でしたし、その大学には詳しかった。
何より事実上のデートですから、
1日とっても幸せだったのを覚えています。

ところがその晩、
母は突然 私の成績について怒り始めます。
段々とヒートアップしていく母と、
暴言に眉ひとつ動かさずスマホを見つめている、
私の目の前に座る父。
この時すでに 源氏の君のおかげで
自分の家の異常さに気が付いていましたから、
私としては目の前で全て聞いている筈の父に、
母の暴挙を止めてほしいものでした。

ところが父は…
母が激昂し私の右脚を蹴りつけたのにも
一瞬でもスマホから目を離すことなく
華麗にスルーしてみせたのです。
続く「お前なんか殺してやる
という言葉にも、同様に。

母がお風呂に消えてすぐ、
私は父に泣きながら助けを求めたものです。
「俺だって疲れてるから寝かせてくれよ」
…そんな冷酷な言葉しか残りませんでしたが。


私は次の日、プチ家出をしました。

母に苦しい言い訳をして家を飛び出し、
地元まで迎えに来てくれた源氏の君とともに
彼のお家で半日お世話になったのです。

そこで出会った生活、私には信じ難いものでした。


まず最初に、なによりお母さんが優しい

もうこれに尽きます。
源氏の君のご家庭では自分の意見を言うことが当たり前でした。
お母様もそれを否定されないし、
彼や彼のご兄弟も好き勝手発言できる。

我が家では少し反論を言えば
「逆らったら生きて行けねえだろ?」
「びた一文払わねえくせに生意気な女」
等々、罵倒されて終わりです。
何倍にもなって理不尽に返ってくるだけです。

源氏の君のお家は雰囲気がとっても優しく、
私の憧れる家庭そのもののような気がしました。

夕飯までご馳走になったのでしたが、
毎日母の機嫌に気を配りながら食事をとる私には
あの時間は幸せすぎて怖いほどでした。

目の前にいる彼はただ笑って
この味噌汁美味くね?さすが母さん
なんて言いながらご飯を食べているのです。

びっくりしました、
私の家ではそんなことを言えば
「偉そうに物言って、次から作んねえぞ」
と言われて終わりです。褒めたつもりがね。

食事中に緊張しなくていいのは
本当に楽で幸せなことだなと思いました。

夢のように一瞬ではありましたが、
あの半日で私は多くのことに気が付いたのだと思います。
気が付いて "しまった" のかは微妙ですが…(笑)

また、泣きながら縋る私を拒むことなく
抱きしめてくれた彼には感謝しかありません。
愛情に飢える私には、彼がくれるものが
人生のすべて、生きる意味になっています。

とはいっても、愛してくれるなら誰でもいい
なんてそんなわけではありません。
源氏の君でなければならないのです。
彼からの寵愛でなければ私は生きられない。

そう強く実感した日でもありました。


母には今でもこの日のことをチクチクと言われますが、
それもどうでもいいやと聞き流せるくらい
あの日は幸せでした。







勿論、蹴られた記憶は消えません。