8月27日 土曜日 母親が息をひきとりました。
亡くなる1週間ぐらい前から呼吸が止まる感覚が短くなり、息をしているときは常にゼェーゼェー言っていて苦しそうでしたが本人に聞くと首を横に振る。
3日ほど前から夜はずっと唸っている感じでしたが亡くなるその日は珍しく静かで朝5時半頃におむつを替え、水も20ccほど飲み又静かに眠ってしまいました。
7時半になってもまだ眠っているので起こさずにそのままに。
9時になっても寝息を立てていましたが10時半に女房が看に行ったときは帰らぬ人となっていました。
90歳、在宅でなくなることができて母も幸せだったと思います。
いろいろ大変でしたが女房がいなかったら出来なかった。
母にも、女房にも本当に感謝です。
一週間後の週末に通夜告別式。
小さい頃から私は母から
「自分の葬儀は誰も呼ばないで欲しい。」と親戚の葬儀があるたびに聞かされていました。
そんな叶いだけは聞いてあげたかったけど自営で無断で店を閉めるわけにもいかず、店前に張り紙を出したら、ご近所や自治会長が聞きに来ました。
ありがたいお気持ちを断るわけには行かず事情をお話しして、ここまでの話として他の方には知らせないでほしいと頼みましたが母親の叶わぬ夢となってしまいました。
本当にお気持ちはとてもありがたいのですよ。
ただ最後の願いをかなえてあげられなかった自分を責めます。
「申し訳ない」
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葬儀が終わりまだ何かと落ち着かない4日後の朝7時半に電話が鳴りました。
義兄、妻のお兄さんからでした。
「お父さんが2階から落ちて救急搬送された。命が危ない危篤状態です。」と
すぐに車で杏林病院へ。
8時過ぎに到着もいまだ手術中。
脳内出血、背骨も折れ、肋骨も何本も骨折、それよりも内臓のいたるところで出血を起こしていてそこを今も止血している最中だと伝えられる。
それにしてもなんで?
話を聞くと母の通夜があった日からボケがひどくなり夜は一晩中起きて何かごそごそしていたらしい。義理の母は眠れなくて流石にこの日は医者から勧められ義父に睡眠薬を飲ませて床に就かせたそうだが夜中に部屋の窓から外に出て屋根から落ちたらしい。
10時過ぎに再度ドクターが説明に来た。
手術時間6時間、輸血も7パックを要していまだ出血多量、これ以上は手の施しようがなく現在は輸血を止め輸液を入れている状態、どうぞ手術室へお入りくださいと案内される。
声をかけてももちろん反応は無し。
身体の何倍もの血液を入れているはずだがすでに身体を巡っているのは輸液であろう。
それでも心拍は83前後が続く。
手術室に入って1時間が経過
心拍が79,78と落ちていくと緑の波形は線となった。
まさかこんな最期を見送るとは思わなかった。
その後悲しむ暇もなく警察へ送られ司法解剖、そして家では現場検証。
葬儀の準備。
2週続けての葬儀
何とも言えない喪失感。
俺は大丈夫。でもカミさんは?
現在気丈に振る舞ってます。
二人とも狂ったように走ってます。