いよいよレースも後半戦。
○25キロ~30キロ(日本橋~蔵前~浅草~蔵前~浅草橋)
25キロ地点手前でEXPOで購入しておいたPowerJel(梅)を補給しました。
他の味よりはさっぱりとしていて私好みの味でした。しばらくはこのフレーバーに決まりです。
さていよいよ後半戦です。浅草方面へと向かいます。沿道で応援している人たちがだんだん下町っぽく変わっていくのが面白かったです。沿道の応援もさらに増えてきました。まるで箱根駅伝やエリートランナーの国際マラソン大会並みの応援です。感激のため自然と笑顔で走っていたと思います。
沿道の応援が熱を増す反面、だんだんと歩いたり立ち止まったりする人が増えてきたのもこの辺りです。ところが、そういうピンチな人がいると、メディカルのベストを着たランナーがすぐさま駈け寄り、声をかけていました。こういうサポートには本当に感心しました。今回も重傷者がいなかったということでしたが、こういう影のサポートがあればこそなのだと思います。
一方、自分の足は股関節の疲れに加え、腰からお尻にかけても少し痛くなってきました。ペースは1キロ4~5秒程度遅れ、5分35秒/kmあたりのラップまで落ちました。このときの心理状態としては、「まあ無理してキープするよりは、今は多少落ちても35キロ以降のために体力を温存しよう」というものでした。
○30キロ~35キロ(浅草橋~日本橋~銀座~築地)
今まで2回のフルの経験では、30キロを過ぎると、今までの順調な走りはなんだったの?というくらい突然体が言うことをきかなくなり始めました。でも、今回は、苦しいは苦しいがまだ余裕があるという感じでこの区間を押して行けました。1キロ5分35秒前後でラップが推移しているところを見ても十分粘れています。この区間はよほど集中していたのか、記憶をたどってもあまり何を考えていたか覚えていません。ただ、またしても猫ひろしに抜かれたのは覚えています。どうやら彼はまた休憩を余儀なくされていたようです。今度は後ろから「猫ー」という声援が聞こえてきて、しばらく抜かれなかったので、ひょっとしたら自分より少し速いぐらいで走っているのかなと思いました。「あわよくば付いていってテレビに映ってやろう」なんてよこしまな考えが頭をよぎります。
でも、いざ追いつかれると、とてもついて行けるペースではありませんでした。たぶん5分10~15秒/kmくらいのペースだったのではなかったでしょうか。しかも沿道の応援に応え、ハイタッチをしまくりながら走っています。相当余裕があるように見えました。もし彼が芸能人であることを忘れて本気で走ったら3時間30分は十分に切れるでしょう。おそるべし猫ひろし。
○35キロ~40キロ(築地~新富町~月島~豊洲)
35キロの給水地点でTake2深沢さんを見失いました。ちょっと残念ですが仕方がありません。この辺りから頭をよぎるのは佃大橋のアップダウンです。ここをうまく乗り切れるかどうかによって最後まとめられるかどうかが変わってくるのは間違いありません。佃大橋が近づいてきます。坂を上る人たちが目前にせまってきます。いよいよ試練のときが来たぞと気合をいれます。坂の少し前からペースを上げました。前傾姿勢で一気に駆け上がります。
思った以上にうまく走れました。周りのランナーをゴボウ抜きです。てっぺんまで来たら今度は向かい風と戦わなくてはならないだろうと予想していましたが、なんと追い風。これは嬉しい誤算でした。おかげでラクに呼吸を整えられました。その後もいくつかのアップダウンを繰り返します。自分も徐々に余力が削られていきました。でもペースは落ちませんでした。このアップダウンを5分30秒/kmで押し切ることができました。きつかったのは足の裏のほうです。マメが成長してきてヒリヒリ痛くなりました。下り坂の時には右の親指の爪が靴先につっかえて爪も痛くなってきました。腰と臀部、股関節も悲鳴を上げ始めました。走りながらさすったり軽くたたいたりして刺激を与えます。
○40キロ~42キロ(豊洲~ゴール)
さすがにしんどくなってきましたが、まだ心拍数は160台です(私はレースの時にはHRモニターをつけているのでラップと同様に心拍数も気にしながら走っています)。いつもだと、レース終盤の心拍数は170後半から180台まであがっているところ。潜在的な能力としては、もう少し追い込んでも大丈夫なはずです。でもスピードを上げようとしても思うように上げられません。練習で心肺機能を追い込んでいないので、脳が心拍数を上げることを拒否しているかもしれません。それでも最後の1キロは沿道の声援の後押しを受けてラストスパートをしました。ゴール前の観客席で家族が応援しているはずです。目を凝らしながらのスパート。「あっ、いた!お~い」と手を振ります。向こうも気づいて「いた!いた!」と興奮気味。最後、少しペースを上げてフィニッシュラインでガッツポーズしてゴール!
タイムは3時間54分でした。
タイムは3回のフルマラソンで最悪のタイムですが、満足度は一番です。沿道の応援の素晴らしさ、ボランティアのがんばりは長野マラソンでも感じましたが、東京マラソンはやはりスケールが違います。コースとしても最高です。個人的には皇居外苑の4車線をランナーが埋め尽くしている光景には感動しました。そして自分自身、この半年間、故障から回復するために試行錯誤を重ね、足の状態に一喜一憂してきました。そういう走り込み以外の努力がここで実を結んだという個人的な達成感も満足度につながっていると思います。
マラソンはタイムだけじゃないですね。体が動く限りはランニングを続け、大会にも出続けたいと改めて決意できた大会となりました。
次は大会後の話と今後の課題についてまとめて完走記を締めたいと思います。
○25キロ~30キロ(日本橋~蔵前~浅草~蔵前~浅草橋)
25キロ地点手前でEXPOで購入しておいたPowerJel(梅)を補給しました。
他の味よりはさっぱりとしていて私好みの味でした。しばらくはこのフレーバーに決まりです。
さていよいよ後半戦です。浅草方面へと向かいます。沿道で応援している人たちがだんだん下町っぽく変わっていくのが面白かったです。沿道の応援もさらに増えてきました。まるで箱根駅伝やエリートランナーの国際マラソン大会並みの応援です。感激のため自然と笑顔で走っていたと思います。
沿道の応援が熱を増す反面、だんだんと歩いたり立ち止まったりする人が増えてきたのもこの辺りです。ところが、そういうピンチな人がいると、メディカルのベストを着たランナーがすぐさま駈け寄り、声をかけていました。こういうサポートには本当に感心しました。今回も重傷者がいなかったということでしたが、こういう影のサポートがあればこそなのだと思います。
一方、自分の足は股関節の疲れに加え、腰からお尻にかけても少し痛くなってきました。ペースは1キロ4~5秒程度遅れ、5分35秒/kmあたりのラップまで落ちました。このときの心理状態としては、「まあ無理してキープするよりは、今は多少落ちても35キロ以降のために体力を温存しよう」というものでした。
○30キロ~35キロ(浅草橋~日本橋~銀座~築地)
今まで2回のフルの経験では、30キロを過ぎると、今までの順調な走りはなんだったの?というくらい突然体が言うことをきかなくなり始めました。でも、今回は、苦しいは苦しいがまだ余裕があるという感じでこの区間を押して行けました。1キロ5分35秒前後でラップが推移しているところを見ても十分粘れています。この区間はよほど集中していたのか、記憶をたどってもあまり何を考えていたか覚えていません。ただ、またしても猫ひろしに抜かれたのは覚えています。どうやら彼はまた休憩を余儀なくされていたようです。今度は後ろから「猫ー」という声援が聞こえてきて、しばらく抜かれなかったので、ひょっとしたら自分より少し速いぐらいで走っているのかなと思いました。「あわよくば付いていってテレビに映ってやろう」なんてよこしまな考えが頭をよぎります。
でも、いざ追いつかれると、とてもついて行けるペースではありませんでした。たぶん5分10~15秒/kmくらいのペースだったのではなかったでしょうか。しかも沿道の応援に応え、ハイタッチをしまくりながら走っています。相当余裕があるように見えました。もし彼が芸能人であることを忘れて本気で走ったら3時間30分は十分に切れるでしょう。おそるべし猫ひろし。
○35キロ~40キロ(築地~新富町~月島~豊洲)
35キロの給水地点でTake2深沢さんを見失いました。ちょっと残念ですが仕方がありません。この辺りから頭をよぎるのは佃大橋のアップダウンです。ここをうまく乗り切れるかどうかによって最後まとめられるかどうかが変わってくるのは間違いありません。佃大橋が近づいてきます。坂を上る人たちが目前にせまってきます。いよいよ試練のときが来たぞと気合をいれます。坂の少し前からペースを上げました。前傾姿勢で一気に駆け上がります。
思った以上にうまく走れました。周りのランナーをゴボウ抜きです。てっぺんまで来たら今度は向かい風と戦わなくてはならないだろうと予想していましたが、なんと追い風。これは嬉しい誤算でした。おかげでラクに呼吸を整えられました。その後もいくつかのアップダウンを繰り返します。自分も徐々に余力が削られていきました。でもペースは落ちませんでした。このアップダウンを5分30秒/kmで押し切ることができました。きつかったのは足の裏のほうです。マメが成長してきてヒリヒリ痛くなりました。下り坂の時には右の親指の爪が靴先につっかえて爪も痛くなってきました。腰と臀部、股関節も悲鳴を上げ始めました。走りながらさすったり軽くたたいたりして刺激を与えます。
○40キロ~42キロ(豊洲~ゴール)
さすがにしんどくなってきましたが、まだ心拍数は160台です(私はレースの時にはHRモニターをつけているのでラップと同様に心拍数も気にしながら走っています)。いつもだと、レース終盤の心拍数は170後半から180台まであがっているところ。潜在的な能力としては、もう少し追い込んでも大丈夫なはずです。でもスピードを上げようとしても思うように上げられません。練習で心肺機能を追い込んでいないので、脳が心拍数を上げることを拒否しているかもしれません。それでも最後の1キロは沿道の声援の後押しを受けてラストスパートをしました。ゴール前の観客席で家族が応援しているはずです。目を凝らしながらのスパート。「あっ、いた!お~い」と手を振ります。向こうも気づいて「いた!いた!」と興奮気味。最後、少しペースを上げてフィニッシュラインでガッツポーズしてゴール!
タイムは3時間54分でした。
タイムは3回のフルマラソンで最悪のタイムですが、満足度は一番です。沿道の応援の素晴らしさ、ボランティアのがんばりは長野マラソンでも感じましたが、東京マラソンはやはりスケールが違います。コースとしても最高です。個人的には皇居外苑の4車線をランナーが埋め尽くしている光景には感動しました。そして自分自身、この半年間、故障から回復するために試行錯誤を重ね、足の状態に一喜一憂してきました。そういう走り込み以外の努力がここで実を結んだという個人的な達成感も満足度につながっていると思います。
マラソンはタイムだけじゃないですね。体が動く限りはランニングを続け、大会にも出続けたいと改めて決意できた大会となりました。
次は大会後の話と今後の課題についてまとめて完走記を締めたいと思います。