いつものことながら年度末は忙しかった。
やっと落ち着き、年度末お疲れ様パーティーも開催した。
手巻き寿司を頂いたよ。

転職しても、やっぱり年度末は忙しかった。
ただ、今までと違うのは、残業代が出たこと。
これまでは、僕には果たせなかった課長職だったので、残業がつかなかった。
転職した白髪の新人は、一般職なので、ちゃんと残業代がつく。
そして、ちゃんと誠意を持って支給してくれる会社なのだ。

これまで見たことのない月給となった。
働いた分が支給されるっていうのは、爽やかで健やかだ。

今の僕は、子育ても終わり、夫婦も終わり、とっても身軽。
経験したことのないお金的余裕を感じた。

経験したことがないので、罪悪感も加味されてしまうが、、、
「それでいい」
「それが普通」
「変わったんだよ」
「前とは違うんだよ」
とかとか、スピリチュアル系の上の方の人が言ってくれたので、素直にその言葉を受取る。


僕は、きれいに使うことにした。
欲しいものは大概買ったから使うのも大変。
自分のものには使い慣れてないし、使うたびに罪悪感も感じてしまう傾向なので、少しでも誰かのためってことで、卒業していった家族に使うことにした。


イイね。


偽善的でもあるけど、それでいい。
自虐が似合う僕で、自己犠牲が性に合う。
最後とは言わないけど、最後に近い自己犠牲。


これからの人生は、自分のため、これから寄り添い生きていく人のため、、、そんな人生。
そして、そんな人生は、なぜかしらお金には不自由しない人生で、楽しみがいつだって目の前にある人生。
心配はいつだってお仕事で、常に成長をしていくのだ。
これまで、できてたと思ってたことが全然できていなくて、ちゃんと学んでこなかった仕事的常識。
基本を学び、効率を学び、本当の気配りを学んでいく。
白髪の新人は、素直に頑張るのだ。


年度末のお疲れ様パーティーは、とても良かった。
バシッと句読点を打つことができたよ。




 

 

落ち着いたよ。

 

年明けてから落ち着いた。

 

気持ちがバラバラで、空想と妄想と現実がごっちゃになってた。

 

恨み、つらみ、愛、憎しみ、優しさ、、、どれが本当なのかもわかなかった。

 

 

全部ひっくるめて、僕は僕で、僕は、愛に生きるのだって。

 

そんな落ち着き。

 

 

すべて必要だったんだって、良く言われるけど、実のところそう思っていない。

 

なんにせよ、この境地にたどり着くんだっていうのは、信じているかも。

 

過程の問題。

 

 

 

もっとうまいやり方もあっただろうと思う。

 

実際あったんだとも思う。

 

 

 

でも、まぁいい。

 

 

 

僕は、ここにいるんだ。

 

 

 

いつだって、ここから、始まるんだ。

 

 

 

 

遅くなりましたが、新年の挨拶です^^

 

 

 

 

 

 

 

ひとりきりのクリスマスイブ。

 

でもでも、イブイブはひとりじゃなかった^^

 

何よりです。

 

 

ひとりぼっちの思い出が少ないことに気付いた。

 

去年までのこの時期は、家族で過ごしていた。

 

 

今年は、家族が遠いし、何より大切だった人の心は、もうここにない。

 

 

なんとなくだけど、時間さまが、「まだまだ 立ち直らせないよ~」っていじめてるみたい。

 

 

大丈夫。

 

時間さまとは仲良しな僕。

 

クリスマスだよ。

 

 

雨が降ってる。クリスマス。

 

夜更けに雪に変わるかも。

 

そんなチャンスなクリスマス^^

 

 

 

 

 

サンタクロースには、もうなれない。

 

赤鼻のトナカイの、赤鼻くらいではいたいな。

 

 

 

 

暗い夜道を照らすよ。

 

 

僕は、誰かの役に立つのだ。

 

 

そんな風に思える自信をくれた、サンタさんに感謝です。

 

 

メリークリスマス。

 

 

 

 

 

 

♪猫になったんだよな君は

 

 

僕は、ずっと一緒にいた君を、かわいい犬だと思ってた。

実際、そうだった。

 

犬のように従順とかそういうことじゃなくて、一途とかストイックとかそんな意味合い。

 

時には、かわいい小動物のように、はしゃいでた。

時には、老犬のように、深い眠りをお昼に実行していた。

 

そんな君は猫嫌いだった。

 

 

離れてから思う。

 

君は、猫に、なってしまったんだ。。。と。

 

 

自由になった君。

自分の思うワクワクを、心から実行している君。

 

僕が撫でようとしても、今じゃないって、連絡すらこなくなる。

たまにある電話で撫でたら、鼻をふんふん鳴らして、喜ぶ。

 

そして、気ままにどっかにいったみたいに感じる。

 

 

♪いつかフラッと現れくれ。

 

 

そう思うよ。

 

 

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目下練習中。

そんなに難しいコードではない。

そして、サビ付近では、とても気持ち良い。

弾いてみようよ。

 

僕くらいセンスが無くても、下手くそでも、とてもとても楽しく豊かにしてくれるよ。

 

 

 

好きの反対は無関心。
嫌いは好きのライバルみたいのもの。反対じゃない。
ココロが揺れるからね。

ほんとに嫌いならその向こうにある無関心にたどり着く。大人的に。
好きと嫌いがあって、信頼になるんだと気づくこの頃。
嫌いっていうのは、相手を受け入れているということで、さらけ出せる自分もいるっていうこと。

この嫌いが、本当に、二人で乗り越える壁。

僕が君を好きなのは、嫌いな君が見えること。
大好きな君を嫌いと思える自分になれること。

君の全部が好きっていうのは、なんていうか、自分の大好きな持ち物的。
愛が溢れているようで、なんか、丸投げ感。

君の幸せが僕の幸せ。
そのために相手に尽くすのではなく、
そのために相手に見合う自分となるために、主体でなくてはならない。

 

なんてね。

 

ぜんぶひっくるめて、「愛」が大前提だね。

 

 

背筋を伸ばして、愛を、届けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現実は、100% 自分が創る。

 

自分の思いが、現実を創る。

 

 

そう思う。

 

やっぱりそう思う。

 

 

大切な人からのコミュニケーションが少なく感じるのは、大切な人が望む現実なのか。

 

大切な人が、僕に無関心と感じるのは、大切な人が僕のことに無関心なのか。

 

 

僕は、僕なりに思う現実にしようとしてきた。

 

そうならない今は、まだまだ、思いが足りないのか。

 

 

前向きなんてクソ喰らえ。

 

 

 

 

 

なんて、想う夜だってあるさ。

 

 

 

 

 

そんな夜は、寝るのを諦めて、暗い未来にどうにか光を当てる空想をする。

 

 

 

 

 

光は届かないけど、暗闇は少しだけ、明るくなる。

 

そしたら、そのうち、部屋が明るくなって、朝が来る。

 

 

 

 

自然と朝が来たわけじゃない。

 

僕が、朝を呼んだんだ。

 

僕の現実は、僕が創っている。

 

 

 

 

 

そういうことなのだ。

黄色いテントウムシ

 

 

夕食後に、黄色いテントウムシがやってきた。

その日の夜中に、父親が倒れた。

 

聞いた話だと、、、

頭が痛くてしょうがなくなって、

トイレは吐くくらい痛くて、

そして、気を失った。

 

それから2週間後。

 

また、黄色いテントウムシがやってきた。

 

そして、父親が亡くなった。

 

 

僕は、親が先に無くなるのは、幸せなことだと思っている。

順番なのだ。

通常の場合。

 

父親が亡くなって、落ち着くまで、いろんなことを想った。

 

僕も父親なのだ。

 

想ったことは、今度は僕が、子どもたちに引き継がないといけない。

 

 

最近、僕は、成人した子供たちに、やけにかまってしまう。(笑)

 

 

説教なんかできる僕ではない。

僕にできるのは、僕をさらけ出して、正しい選択と間違った選択の結果を魅せるだけ。

 

僕の子供なのだ。

それだけで、十分に理解してくれる。

 

でも、でも、妻の子供でもある彼らは、とても自由人。

微笑ましい。

 

 

いつだって、見守る。

 

 

親の背中は、見せたくなくても、見られているものなのだ。

 

 

正しく生きよう。

 

 

 

 

昨日、久しぶりにネットだけの友達から連絡が入った。

父親を失くしたとのこと。

冥福をお祈りしつつ、「君」が見てきた「親」を引き継ぐために、「親」が魅せる最後の思いを受け取るのだと伝えた。

 

 

 

 

黄色いテントウムシは、あれから見てない。

だから、僕は、大丈夫なのだろう。

 

 

 

 

たまには、見に来てほしいものだ。

 


人を憎んだり、羨んだり、
妬んだり、悪口を言ったり、
心地悪い悪いわけでもなく、
仕事も楽しく仕事をしてて、
笑顔で過ごしているんだけど、

なんとなく、物足りない。

スピ系動画を見ようとしても、
やってはいけないことや、こうすればいいってことは、別に素でやってるし、楽しくしてるし、少ないけどそういう人たちが周りにいる。

なんだろう。。。

って、考えるフリ。

答えは知ってる。

たったひとりの存在。


大切で大事で、繋がっていたい。

けど、多分、これを捨てないといけないんだろうと、、、しっている。


僕の人生、、、いろんな依存があった。

何かに依存して生きている。

依存症なのは、随分前から知っている。

依存は治らないので、うまく付き合っていくと決め、そうしてきた。


2020年。激動。


スピ系を見てると、そうなのだ。

現実を見ても、そうなのだ。


激動の中、あらゆるものを捨てた。手放した。


最後に残った。

やっぱり残った。


この依存とうまく付き合っていけると思ってたけど、、、囚われていると思える気持ちが芽吹いてきた。


いよいよなのか。

いよいよなのだ。


僕がからっぽになってしまう恐怖だけだったが、なんか今は違う。

出来上がるスペースにワクワクもしてきている。


たったひとりを手放す。その依存を手放す。


物足りなさを解決するには、すべてをリセットするのがいいのだろう。


すべて。


本当に、、、すべて。



残った、たったひとりへの思いを、手放す。



僕のココロは自然と、手放し方に、移行している。




 

無いものは無いのだ。

 

それを受け入れる。

 

センス。

 

3ヶ月前にウクレレを購入し、毎朝15分くらい弾いている。

 

センスが無いと、、、痛感する。

 

けど、楽しい。

 

 

結局、センスっていっても、脳みその使い方だと僕は思う。

 

センスのいい人は、脳みそをそういう使い方をしている。

 

僕はセンスが無いから、脳みそを使えてない。

 

だったら、そういう脳みそになるよう努力すればいい。

 

今の脳みその使い方を捨てて、新しい使い方を訓練する。。。試行錯誤だな。

 

 

断捨離ですよ。

 

思考の断捨離。

 

 

そのためには、継続という名の努力をすればいいのだ。

 

いつだって、新しい脳みその動きをさせながらね。

 

 

時間っていうのは、そういうふうに使うのが良いんじゃないかな。

 

 

そうは思わないかい?

 

 

 

妻から、とあるホームページのリンクをもらった。

 

 

読んでみると、幸せのお裾分け的なことが書いてある。

 

ペイ・フォワード的な考え。

 

 

妻は、「こんなのを見つけたからシェアします~」とのこと。

 

 

僕は、15年も前から知ってるし、実践してきたつもり。

 

子育てや妻への気持ちも、そうしてきたし、そうするよう心がけてきた。

 

いろんな人に、そう言われるし、すごいね~って心地よく褒められたりもした。

 

 

 

なのに、妻にそう伝えたら、「最近はしてるよね」

 

なんか悔しかったから、子育てもそうだったよって伝えたら、「過去にムキにならなくても」とのこと。

 

 

 

想った。

 

 

 

妻だけは、見てくれてたと信じてた。それが僕にとっての幸せだった。安心できる日常。信頼があるから豊かに感じられた日常だった。

 

 

 

しかし、そうじゃなかった。

 

いや、当時はそうだったかもしれない。

 

けど、今はもう、違う。

 

 

 

妻は、過去を振り返らない。

 

良い意味でも良くない意味でも、尊敬するし、すごいことだし、今の時代に則している。

 

 

 

そう考えると、僕は、もう妻に依存しなくても良いんだって、なんかわからないけど、すっと手放せた。

 

 

 

僕たちの夫婦関係は結構特殊。

 

 

特殊性を楽しもうと決意できた。

 

 

 

 

たまには、直接的な愚痴も書きたいので、、、

 

 

それでも、妻は妻なのだ。

 

 

大切な人には変わりない。

 

 

 

 

 

しかし、、、妻は、いつだって裏切るのだ。

 

多分、妻はそんなつもりはない。

 

僕が、裏切られるような事項を、勝手に妻に求めているからだろう。

 

だったら、妻には求めない。

 

手放す。

 

そしたら、新しい何かがやってくるさ。

 

 

 

 

 

 

そんな話。