DNA | サブ315大作戦

サブ315大作戦

mission3:15 impossible

尾崎裕哉『始まりの街』。

じっくりしっかり聴きました。

 

 

歌声、叫び、DNAを感じずにはいられない。

そして、両親を題材にした楽曲を自作し、その作風までまるっきり尾崎豊。

「始まり」とか「街」とかいかにも十代のOZAKI。

 

尾崎豊が亡くなった時に、尾崎裕哉は2歳だったらしい。

26歳で亡くなってしまった尾崎豊の唯一残されたDNA尾崎裕哉が26歳でメジャーデビューするとは、尾崎世代は大興奮してしまう。

 

しかし、あらためて尾崎豊がいかに希な才能を持っていたかを感じてしまう。未だに自分より年上であるかのような存在のまま。

 

一方、尾崎裕哉は5歳から15歳くらいまで尾崎豊の全作品を完コピしたらしい。声が似ているというのも生まれ持ったDNA以上に、完コピで培われたんだと思う。

 

デビューは相当のプレッシャーであるはずだが、それが出来るのもリアルタイムで尾崎豊を見ていないからかな。さらにアメリカで生活していたので、周りにも尾崎豊を知る人も少なかったのだろう。

 

ただ、落ち着いて考えてみると、大人からの支配を嫌い自由を求めた尾崎豊の唯一のDNAが大人達にあれこれと演出されてデビューしたようにも感じる。26歳までデビューするのを引き延ばしていたのではないだろうか。親心のように尾崎豊世代はもちろん絶賛するであろうことをターゲットにされている感じがする。今の十代二十代の世代は彼の音楽をどう感じるのだろう?尾崎裕哉が真のアーティストになれるかどうかはその世代に受け入れられるかどうかだと思う。アルバムを出してみないことには真の才能は感じ取れないが、尾崎豊と全く同じ土俵に挑むことはたいしたものだなと純粋に感じる。桜井和寿の息子がMr.Childrenと同じフィールドで挑むようなもんだ。

 

二世アーティストの中でも親の存在を抜きにして、ずば抜けた才能を感じるのは宇多田ヒカル。ずば抜けているので親世代の支援よりも若者からの支持が大きく上回る。宇多田ヒカルは日本のミュージックシーンの中でもとんでもないモンスター級のアーティスト。しかし、それも育った環境が左右していたとしたら二世じゃなきゃアーティストとして生まれていなかったのかも。

 

デビューするチャンスは二世は圧倒的に優位なものの、逆にその才能の真価は厳しく見られてしまう。だから二世は圧倒的な才能を見せつけないとという条件が付け加えられる。

 

ジュリアンレノンもショーンレノンを見れば明らか。

 

まずはそれに挑んだ尾崎裕哉。

今後の作品が楽しみであり、尾崎豊目線で少し心配。

 

 

大人達に支配されない活動をして欲しいw