劉備は、161年生まれで曹操より6才年下。

祖父は劉雄、父は劉弘。
祖父は孝廉に推され県令となっており、父も官吏だったが早くに亡くなった為、
劉備はとても貧しかった。そういう点では、曹操や、孫堅と違ってゼロからスタート。
しかし、叔父の劉元起が援助をし、元起の息子劉徳然と共に盧植の下で学問を学ぶようになった。
この時の同窓に公孫瓚がいて、劉備とは大変仲が良かった。

叔父の劉元起が我が子同然に援助をするので、その妻が理由を聞くと
「この子は並みの子ではないからだ」と、叔父は将来を買っていたそうだ。
この援助のおかげもあり、劉備は見栄えの良い服装で乗馬や音楽を好んだ。所謂、伊達者だった。
この時期、豪侠と好んで交わりを結び、劉備の周囲には多くの若者が集まるようになった。

背丈が七尺五寸(どの測り方をするかにもよるけど172~178cm程度)
手を垂れると膝まで届き、耳が非常に大きく、振り返ると自分の耳を見ることが出来たと言う。
言葉数少なく、よく人にへりくだって、感情を表に出さない人物だったそうだ。

優秀では無いにしても、人として魅力を持った親分肌のような存在だったのかもしれない。